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第一章『旅立ち』
「決めた! 俺は決めたぞ!」
そう叫んだ少年の大きな目は一世一代の決意を秘めていた。昂った気持ちを落ち着かせるためにまぶたを伏せる。彼がこれからしようとしていることは彼にとっては緊張感を伴うことだったのだ。
だから少しでも余裕が欲しくて胸に両手をあて、一度だけ深呼吸をする。息をすべて吐いたところでたっぷりと空気を吸い込む。
これで準備は整った。足りないのは役者。その役者を呼ぶために彼はここぞとばかりに大声を張りあげた。今まで溜め込んでいたありったけの想いをそこに込めて。
「よしっ! 決めたっ!! 決めたぞ! 俺は決めたんだ!」
馬鹿の一つ覚えのように「決めた」を連呼する姿からは信じられないが、彼はこれでも一国の王子だ。
その証拠に彼は周辺の者たちから"ファルド王国城名物わがまま王子"として恐れられているし、名前だって立派なものでロバート・ルウェルズ・ファルドという王子らしさを醸す名前をもっている。
高貴な身分に相応しく彼には身の回りの世話をする侍女たちもいるのだが、その侍女たちは彼の私室の近くで頭を抱えていた。
このようなことは今回が初めてというわけではない。次になにが起きるか予想がついているくらいには繰り返されていて、だから侍女たちはロバートに近づけないでいるのだ。
誰だって面倒なことには巻き込まれたくはないだろう。侍女たちも例外ではない。
さて。その面倒なことを引き起こしている張本人はまだ叫び続けている。なにを決めたのか少しだけ気になりながらも、この王子のことなのでロクでもないことだろうな、と考え始めた侍女たちの耳に足音が聞こえてきた。
その音は徐々に大きくなり、音の主がこの部屋に近づいていることを示す。音の大きさのせいか、その間隔が妙に長いからか、音がよく響く材質の床の影響のせいか、怒りが込められているであろうその一歩一歩からは地響きさえしているような気がし、侍女たちは身震いをした。
曲がり角から現れた〈彼〉の姿が視界に入ったときに侍女たちは覚悟を決めた。なにもしないという覚悟を。
本来ならば自分たちも動かなければいけないのだが「触らぬ神に祟りなし」という言葉もある。
ロバートの侍女として仕えてきて学んだ言葉だ。処世術といっても良いだろう。
最低限の仕事は普段からしているので大きな問題になることはないし、それ以前にこの王子は侍女がどうにかできる相手ではないのだ。
わがままを言い出した王子は〈彼〉に任せるしかない。
侍女たちは自らが崇拝している神々に祈ることしかできない。せめて自分だけは巻き込まれませんように――と。
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