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ロバートによる決めた連呼事件より少し前。ピートは少年隊の仲間であり友人であり、好敵手でもあるリアス・カーティと剣術の稽古をしていた。
「ああ――やっぱりピートは強いな」
「なに言ってんだよ、リアス。お前だって強いだろ? なんで副隊長を辞退したんだよ? お前だったら副隊長どころか隊長にだってなれるはずなのに」
ピートの言葉に買い被りだとリアスは苦笑する。
「俺はそういうのには向いてない。そういうのはお前に任せるよ」
二人は十七才で同じ年齢で、十二才のときにアルディア少年隊に入隊したことをきっかけに知り合った。それから今に至るまで二人の友情は続いている。
二人の剣が交錯し音を立てる。
音と音が響き合いリズムを作りそれは音楽を奏でているかのようでもある。
リアスが一度ピートの剣技に押されたのか後退する。
「ほらな。ピートには敵わないさ」
そんなことを言いながら再び苦笑いを浮かべる。
「とか言って、本当は、俺の方が強い、なんて思ってるんだろ?」
ピートによって繰り出される剣技を剣で受けながらリアスは片笑む。
「思っちゃいないさ」
リアスが一歩踏み出して剣を振り上げる。
「その笑いが怪しいぞ」
ピートはそれをガードしようと構える。
だがその隙を突いてリアスがさっと剣を引いて脇腹目掛けて攻撃を仕掛ける。
それが見事にピートの脇腹に当たり彼の顔が苦痛に歪む。
余裕の表情で剣を鞘に納めるリアスを睨み付けてピートが文句を言う。
「痛っ……おま、フェイントって卑怯じゃないか!」
「あっはっはっは! お前、すぐ引っかかるよな。頭が固いからじゃないか? まぁ稽古用の剣だし安心しろよ」
膝をついているピートを指差してリアスが大笑いする。
「稽古用でも十分痛いんだよッ! それに俺は曲がったことが嫌いなんだ。んな卑怯な真似、俺なら絶対にしない」
「その台詞、お前には似合わないよな。これも立派な戦法だとか言いながら罠を仕掛けて回ってるのは誰だ」
ピートはほんの少しだけ口ごもる。
「そ、それはあのバカ王子を捕まえる時だけだッ!」
バカ王子。
それを聞いてリアスの顔色が変わった。
何故かそこで頬を紅潮させる。
「リアス? どうした……って、お、お前、まさか……」
赤くなったリアスから何かを察したらしくピートは物凄い勢いで後ずさった。
ピートも恋くらいしたことがある。
だから何となく分かってしまったのだ。
「はぁ。身分違いだよなぁ。やっぱり俺なんて……」
リアスがその場に座り込んで遠くを見つめる。
「ちょ、ちょっと待て。身分違いって、お前、本当に……?」
そんなピートのことはお構いなしでリアスは頬を紅潮させたまま恋する人間特有の溜め息を吐いている。
「い、いつ道を誤ったんだ! しかも、よりによって、あの、バカ、バカ、バカ、バカ王子って!」
相手が男というだけでなく超をいくらつけても足りないほどのあのバカ王子に惚れているだなんて。
ピートは恐ろしいものを見るような目でリアスを見る。
そんな視線を受けてリアスが我に返った。
ピートの言いたいことに気付いて首を横に思い切り振って訴える。
「そ、その、ち、違うんだ! じ、実は好きな女の子! 好きな女の子に似てるんだ! 本当だ! 本当なんだ! 信じてくれッ!」
必死の形相のリアスに疑いの目を向ける。
怪しい。怪しい。怪し過ぎる。
とその目が言っている。
「じゃあ。そうだな。その好きな子の名前とか教えてくれよ」
「え? いや、その、名前は知らないんだ」
リアスは目を泳がせながら小さな声で答えた。
その目はどこを見ているのか分からない。
ピートの探るかのような視線から逃げようとしているようにも見える。
「……本当に知らないのか?」
「ああ本当だって! 本当に知らないんだよ! 俺だって知りたいんだ」
まだ疑わしそうな目を向けていたピートだったが最後の言葉に切実なものを感じて名前を聞き出すことは諦めた。
リアスの隣にピートも座って尋問を続ける。
「で。どんな子なんだよ。話したことは?」
「その、話したことは実は、ない、んだ」
それは嘘だった。話したことならある。
リアスの心拍数は思い切り跳ね上がっていた。
実はリアスの好きな人というのはロバートだったからだ。
あの日。リアスにとっては運命の日だ。
偶然に〈ある事実〉を知ってしまったことがきっかけでそれから彼のことを、いや〈彼女〉のことを意識し始めた。
自分の中に芽生えたその気持ちの名前を自覚したのはいつからだろうか。
リアスは淡い恋心というものを〈彼女〉に抱いている自分に気が付いた。
「話したことないのか。話しかけようとは思わないのか?」
共に〈ある事実〉を知った余計な男もいたが〈ある事実〉を知って以来、ピートほどではないにしろロバートと過ごす時間が増えていった。
だがそれはあくまで〈王子〉としてのロバートと接しているのであって〈彼女〉として接している訳ではない。
リアスはまだ本当の〈彼女〉を知らない。
「そりゃ思ったさ。もっと話しかけてみたいって。でも、駄目なんだ。……あー、もう。その……俺のことよりもピートはどうなんだよ」
ピートに対する返答を口にしてリアスはふと疑問に思ったことを口にした。
「え?」
ピートは〈ある事実〉を知っているのだろうか。いや。知っているはずがない。
知っていたなら状況が違って来るはずなのだ。
叶うのならばピートにはずっと知らないでいて欲しい。
ピートの言葉を待っている間にそんなことを考えた自分が浅ましいと思った。
「お前にも、好きな子っているんだろ」
「さぁな」
「さぁなって。お前、マリィはどうなんだよ」
マリィはピートの幼馴染みの少女なのだが彼女がピートに想いを寄せていることは少年隊の連中なら誰だって知っている。
何しろその熱烈なアプローチでピートの周辺に他の女を寄せ付けないほどだ。
「マリィ、か」
ピートが空を仰いで苦笑いを浮かべる。
その時だ。
「っ!」
ピートが舌打ちをして立ち上がる。
「リアス。あのバカ王子がまた何かやらかそうとしてるから行ってくる」
「そうか。ああ。分かった」
「ったく。お前の好きな女の子の話、また聞かせろよ」
「ああ。また今度な」
そしてピートは走っていく。
残されたリアスはその後ろ姿をどこか遠くを見つめるような目で見送って呟いた。
「お前が羨ましいよ。お前はあの人に必要とされてるんだから」
叶うことのないであろう恋心を胸に秘めてリアス・カーティ。十七才は今日もこうして悩むのだった。
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