彼女の色

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 そもそも僕は、どちらかといえばひかえめな女の子が好みだった。黙って僕の後ろをついてきてくれる、昔の歌にある「あなた色に染めてほしい」って性格の子。彼女のような我が道を行く女の子は苦手だった。なのに彼女と付き合うようになって、僕が彼女色に染められてしまった。恋は不思議だ。そもそもそもそも僕が彼女に一目惚れしたのがきっかけなのだから、不思議というより奇跡なのかもしれない。  彼女は二人で一緒に住む部屋の家具や家電、壁の色までピンクにしてしまった。アルバイト先の洋菓子店の看板をピンクに塗り、かかりつけの病院にはピンクのスリッパをお歳暮にし、大家さんがアパートの前で育てている花も全てピンクにしてもらい、友人に頼まれたメタルバンドのライブのチラシはピンクの紙に印刷して配り……彼女が歩くと、世界はピンクに染められていく。  動物園ではもちろんフラミンゴが大のお気に入りだ。世界一美しい生きものだと褒め称え、何十枚と写真に収める。それからパンダの檻の前で、残念そうに溜息をつく。「あの白い部分を、ピンクにしてしまいたい」冗談で言っているのではなく、大真面目な調子で。  誰かが事故で不幸にも亡くなって、花が手向けられているところに、彼女はピンクの花束を持っていく。文具店の試し書きのコーナーはピンクのペンでハートマークを書き連ね、そのペンを何本も買って帰る。  はじめての車もピンク。クリスマスケーキも、バレンタインのチョコレートもピンク。サンドイッチはハムサンドだけ。アイスクリームはストロベリーしか頼まない。友人たちへのプレゼントも、ことごとくピンク。ピンクのアクセサリー、ピンクのイヤフォン、ピンクのフットバス、ピンクの……ブラジャー。  近所の保育園にはピンクのカーテンを寄贈し、僕の姉の子どもの誕生日にはピンクのドレスを、自分の両親への結婚記念日にはおそろいのピンクのパジャマを贈った。贈られた相手がどう感じたかは僕には判らない。でも贈った方の彼女はすこぶる幸せそうで、もしかしたら贈られた相手よりもずっと喜んでいるのではないかと思うくらいだった。
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