彩眼鏡

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 炎が飛んでいる。  信じられない思いで、私は目の前の光景を見つめた。  燃えているのだ。息子達たちの周りの空気が。まるで漫画の戦闘シーンのように、炎が燃え盛っている。  いや、実際に燃えているわけではないらしい。触っても別に熱くはないし、水をかけても火は消えなかった。何より、息子たちはこの謎の炎には全く気付かず、戦いごっこに興じている。  どうやら私にしか見えない幻の炎のようだ。  疲れているんだ、きっと。早く寝よう。家事もそこそこに、私は布団に潜り込む。  次の日になっても、炎は消えなかった。  幻の炎は、息子たちの周りで現れたり消えたりを繰り返していた。それどころか、道行く人たちの中にも炎をまとっている人間がいる。私や夫の周りには現れないようだ。  一体何なのだろうか、この炎は。  狐につままれたような気持ちで一日を過ごした私は、夜、布団の中で考えた。分かっているのは、炎は「見える」だけで特に害を及ぼすものではないらしい、という事だ。  だけど何故、見えたり見えなかったりするのだろう。  炎が現れた時の息子たちの様子を思い返し、私ははっと気が付く。息子たちの周りに炎が見えたのは、彼らが遊んでいる時、サッカー教室に向かう時、大好きな漫画やアニメを見ている時だ。ワクワクしている時、やる気に溢れている時、つまり、心が燃えている時に炎は現れるのではないか。そう私は結論付けた。 「明日、試してみよう」  そう心に決め、私は眠りについた。  翌朝。 「よし!ピッカピカにしてやる!」  お風呂の掃除用ブラシを手に、一人、私は叫んだ。  いつもの家事に情熱を燃やしてみよう。そうしたら、私の周りにも炎が現れるかもしれない。  いつもより気合を入れて床を擦り始めた時だ。 「あ!出た!」  ぼお、と、ピンポン球ほどの大きさの炎が目の前に現れた。 「やっぱり…」  私の考えは間違っていなかったらしい。 「次は、トイレ掃除ね」  先ほどと同じく目を皿のようにして便座を拭いていると、手の平サイズの炎が2つ、私の両隣にふわりと浮かんだ。 「おお、すごい!」  まるで漫画の主人公にでもなった気分だ。  なんだか、すごく楽しいかも…。  意気揚々と、私は家中の家事に取り掛かっていく。 「さあ出来上がれ!世界一美味しいカレー!」  燃え盛る炎の中で、まるで魔法でも出すかのように、鍋にルーを放り込む。 「母ちゃん、今日のカレー美味しいね!」  息子たちの言葉に私はにっこり笑う。 「やっぱり、料理は情熱よね」  さて、明日は何に心を燃やそうか。  そうだ。息子たちと戦いごっこをしてみるのもいいかもしれない。 「いい炎が出そうだわ」  まだ見ぬそれを思い浮かべ、私は胸を弾ませる。
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