僕らの口福ごはん ─陽平と和樹のクリスマス─

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 十二月二十四日。クリスマスイブ当日の朝。  今日は土曜日だというのに、和樹はいつも通りの時間に起き、身支度をしていた。  「土曜日なのに休日出勤って、マジでサイアク……」  「いや! 気にするトコそこじゃないでしょ!」  横で身支度を手伝っていた陽平がすかさずツッコミを入れる。  「え?」  「今日はクリスマスイヴでしょ」  「あー」  「そういう日に休日出勤打診されて、何で断らないのかね」  「俺、基本そういう仕事は断らないからね」  「ま、それは知ってた。俺もこの後出かけてくるから、丁度よかったわ」  「陽平さん、どこいくの?」  「ま、俺もお仕事みたいなモンよ」  陽平が冗談めかして笑う。  「さ、遅れるよ」  「いつもよりゆっくりでいいって言われているから大丈夫だって。ケーキは俺が買って帰ってくればいいんだよね?」  「うん。お願いする」  ケーキはかなり前から陽平が予約を取っているのだ。陽平が予約の伝票を和樹に握らせる。  「なくしちゃダメだよ」  「そんな子どもじゃないんだから……。で、今日は俺がパスタ作ればいいの?」  「うん。他に何品かは俺が用意しておくから、和樹はパスタとケーキお願い」  「分かった」  陽平が最後に和樹のネクタイをちょっと直してやる。  「じゃ、気をつけていってらっしゃい」  「はーい」  和樹を玄関先で見送り、陽平は小さな溜息をつく。  長い長い一日の始まりだ。   和樹を送り出すと、陽平は前かけを締め直して再び台所に立った。  和樹が食べた朝食の後片づけをし、出かける前に夕食を下準備をしていく。今日の主菜はモモ肉のローストビーフだ。  陽平はモモ肉に塩胡椒をし、フライパンで表面にサッと焼き色をつける。  後は保存袋に入れ、湯煎で火を通すだけだ。その間に、陽平は他の調理の支度を調えていく。  一人手を動かしながら、陽平はつい昔のことを考えていた。  幼い頃の陽平にとって、クリスマスはかなり陰の薄い存在だった。  クリスマスプレゼントは毎年もらえたし、別に親が何もしてくれなかった訳ではないが、クリスマスイブの夜に両親と家族三人揃って食卓を囲むことはなかった。  料理人にとって、クリスマスイブの時期は年の瀬の一番忙しい時期であり、とてもそれどころではなかったのだ。年の瀬になると、いつも家の中が殺伐とした空気が漂いがちだった。  そんな中で育ったから、陽平の中でクリスマスの定番メニューみたいな物も確立されることもなかった。今思い返しても、子どもの頃クリスマスに何を食べていたかの記憶はおぼろげだ。ケーキぐらいは食べさせてもらっていたのだろうか。  そんな家の状況に反発して、自分が一通り料理を習得した頃には、見よう見まねで陽平がクリスマスの食事を作るようになっていった。別にクリスマスの料理で何が食べたいとかがあった訳ではなく、ただただ普通のクリスマスという物に憧れていたのだ。  だが、いくら物を揃えたところで、仕事で家族が揃わないクリスマスは虚しい物だった。次第に陽平自身も忙しくなり、クリスマスに何もしないのが普通になっていった。学生時代も、この時期はバイトばかりしていて家にまともに帰ることがなかった。  ――何か、随分と古いこと思い出しちゃったなぁ。  大人になった今でも、陽平の中にその思いは強く残っているのだろう。  陽平にとって、別にこの日に何を祝う訳でもない。  だが、何かしなくても、いつかは大切な人と二人で落ち着いたクリスマスを過ごしたい――。  中学生ぐらいから、そんなことを考えていた気がする。  とにかく、クリスマスは陽平にとって特別な物だった。  少しばかりは、幼い頃の侘しいクリスマスを取り返したい、という思いもあるのかもしれない。それに和樹を一方的に巻きこむことだけは避けたが、今ではクリスマスイヴの夜には、なるべく予定を合わせて一緒に食卓につくことが慣例になっている。和樹はそういう光景が当たり前の家で育ったらしく、クリスマスは毎年陽平のやりたいようにさせてくれる。  ――さ、これで準備は大丈夫か。  黙々と手を動かしている内に、陽平はあらかたの支度を終えていた。作った物を冷蔵庫にしまい、陽平も手早く身支度を調える。  行き先は、陽平だけの秘密の場所だ。  
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