僕らの口福ごはん ─陽平と和樹のクリスマス─

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 陽平と思わぬ対面をしてから三十分程で、和樹はようやく店内に通された。外も長蛇の列だったが、店内もまたかなりの混雑だ。街の小さなケース屋でこれなのだから、有名パティスリーなどはさぞ大混雑なのだろう。ガラスケースの中には大きさも形も様々な色とりどりのケーキが並んでいる。  よく見ると、外にいた陽平もいつの間にかレジの応援に入っている。やはりどこにいてもよく通る声だ。おまけに、一人だけ全身茶色なのだから目につかないはずがない。  和樹は自分の順番を待ちながら、自ずと吸い寄せられるように陽平の仕事ぶりを見ていた。  確かによく通る声だが、陽平の声は不思議とうるさくは感じられない。陽平の性格を表すような、包容力のある声だ。  その声の主は、和樹の目線の先で絶え間なく動き回っている。全身トナカイの陽平が、目にも止まらぬ速さで応対していくのは愉快だ。ケーキ屋が本職と言われても違和感を覚えないぐらい手慣れている。  それでいて、客に言われた冗談に上手く返したり、客と一言二言笑いながら会話したり、まだいくらか余裕がある感じだ。恐らくそういう余分なことをしても、自分の腕ならその時間のロスを取り返せると踏んでいるのだろう。いかにも陽平らしい考えだ。陽平が生来接客に向いて生まれているのだろう。  そのまま陽平の様子を見ていると、しばらくして陽平が和樹を呼んだ。店員なのだから当然とはいえ、顔色一つ変えずに恋人を苗字呼びしている陽平は、一体何を考えているのだろう。どうやら待っていたケーキの準備ができたようだった。  「お待たせいたしましたー。こちらの四号でご注文の品にお間違いないでしょうか?」  陽平にそう訊かれて、和樹はムッとした。  間違いも何も、何にするかを決め、注文したのがそう訊いている本人なのである。和樹はこの場で初めて陽平が何を頼んでいたのか知ったぐらいだ。陽平が持っていたのは、色とりどりのフルーツが乗った鮮やかなショートケーキだった。  「お代は先に頂戴しておりますので、今すぐにご用意しますね」  そのまま袋詰めをしながら、陽平はケーキの袋の中に何かの紙切れをサッと入れた。陽平は何かを伝えたいのか、和樹に目で訴えてくる。何を伝えたいのか和樹には理解できなかったが、恐らく紙のことだろうと思った。  和樹はそのまま店を出て、すぐに陽平が入れた紙を開いた。  「ただいまー」  陽平はクタクタになりながら我が家に帰りついた。家のドアを開けた瞬間、緊張の糸が切れてドッと疲れが増したような気がした。  「おかえりなさーい、ト・ナ・カ・イさん」  「お前しばらく俺のことそーやって呼びそうだな」  「いやー、陽平さんのトナカイめちゃくちゃ可愛いかった!」  「だろー?」  「あれ、可愛いって言って怒らないんだ?」  普段の陽平なら自分が可愛いと言われたら不機嫌な顔をするのだ。  「いや、あれは俺が冷静に見ても可愛いって思う。事実だからしょうがない」  「ようやく陽平さんも自分の可愛さに気づいてくれたかー」  「それはない」  「そんなぁー」  「それで、ご飯の支度してくれた?」  「陽平さんったらひどくない? どさくさに紛れて俺に仕事押しつけるなんて」  陽平が袋の名に忍ばせた紙には、和樹が自宅に帰ってからやることが書かれていたのだ。  「……まぁ、言われた通りちゃんとやっておきましたよ」  「助かったわ」  陽平は着替えもそこそこに、いつもの前かけを締めて台所に立つ。  「陽平さん、今日は何であんなトコにいたの?」  「え? タダでケーキつけてくれるって言われたからバイトしてたの。俺、接客は得意だし」  「バイトって、貴方会社員でしょ」  「ウチ、副業かなり緩いから問題ないよ。ってか俺、じゃないと作家やれてないでしょ」  「あっ……」  「あそこのケーキ屋は、俺の友達がやってるケーキ屋なの。だからお前のことも知ってるよ」  陽平は昼間作っておいたローストビーフを切り分ける。その横で和樹がパスタの支度をしている。パスタは得意な和樹に全て丸投げしたのだ。  「で、ペスカトーレはできあがりそう?」  「うん。もうパスタ茹でようと思ってる。陽平さんはフィットチーネがいいんだよね」  「うん。俺はスパゲッティよりそっちの方がいい」  「二度手間なんだよなぁー」   不満を言いつつも、和樹は二種類のパスタを別々に茹でてくれる。  「ほら、冷蔵庫にブルーチーズも用意してあるから」  「さっき見たよ。ロックフォールじゃなくてもよかったのに……」  「せっかくだからと思って奮発したんだよ」  「さ、そろそろパスタも仕上がるよ」  陽平と和樹で手分けして料理の乗った皿を食卓に運んでいく。
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