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アデスト家に着いた僕は、まず伯爵に状況を聞いた。
記憶がなくても生活を送るのには困っていないとの事。そのうち治るとアデスト伯爵の明るく話す姿に、心配するほどではないのかな……と僕は少し楽観的な気持ちになる。
伯爵と一緒にマリエッタの部屋に入り、声を掛けた。
「えっと……大丈夫か?」
ソファーに座ってお茶を飲んでいた彼女が顔を上げ、にっこり笑う。
あのマリエッタが僕に笑いかけただとっ!?
慣れない反応に戸惑いを隠せないでいると、マリエッタは困惑した表情を見せた。
「……すみません……どなたでしょうか……?」
マリエッタの第一声に耳を疑い、僕は絶句する。ある程度想像はしていたものの、予想以上にマリエッタの言葉が僕の心を突き刺した。
子供の頃から一緒にいた僕がわからない?
「ああ、マリー、さっき話した君の婚約者だよ」
伯爵が慌てて説明をするとマリエッタはああっ!と声を上げる。
「えっと……えっと……フレ……」
一生懸命、伯爵から聞きたであろう僕の名前を思い出そうとしている姿がなんだか辛い。
「フレディー・レイン」
僕の名前がわからないという現実を目の当たりにし、早々に自ら名乗ったが……胸にブスブス針を刺されている気分になった。
「フレディー・レイン様……? ああ、そうでした!」
いつもと変わらない勝ち気な翠玉色の瞳をクリクリさせながら、彼女は僕を興味深げに見つめる。
見た目はいつものマリエッタなんだけど……な。
まるで重しをのせられたかのように僕の心は沈んでいった。
忘れられるってこんなにもショックな事なんだ……このまま記憶が戻らなかったら……僕は……
「それにしても、こんな素敵な方が私の婚約者なんて!!」
ん? あれ? あれれ? あれれれれ?
マリエッタの弾んだ声に顔を上げる。笑顔のマリエッタと目が合った。
あれ? もしかして、記憶喪失も悪くないかも?
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