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「昔の事なんてもう思い出さなくても良いんだよ」
家の庭にある池のほとりに椅子を置いて座っている僕に彼女が語り掛けた。とても素敵なところで彼女も僕だって気に入った場所。それなのに過去の思い出がいつまでも居座っている。
今の僕はひどく難しい顔をしていたのだろう。隣にいる彼女が心配をしていた。
「紅茶のお代わりは?」「もらうよ」
時々ふとしたときに思い出してしまう悪夢の様だった。多分彼女にだって有る。時折辛い表情をしている時がある。そんな時に僕は彼女にかける言葉が無かった。
だけど、今の彼女は笑って甘いリンゴの香りのする紅茶を淹れなおしていた。
「僕たちの手にはまだ魔物の血で染まってるんじゃないだろうか」
「そうかもしれない。数えきれない程に殺したから」
僕の言葉に彼女がまた辛そうな顔をしている。でも、彼女は首を振ってその記憶の扉を閉めていた。
「これから忘れるのかな」
呟きくらいにしかもう言えないから悪い。だけど彼女はその時僕のほうを振り返って笑っていた。
「忘れなくても良いのかもしれないよ」
その答えに僕は意味が解らなくてただ彼女を見つめていると、彼女は続きを話す。
「私たちはだれかを救うために戦った。確かに魔物からしたら恨まれる事なのかもしれない。だけど、確かにだれかの命を救ったんだから」
救えなかった命もある。けれど、僕や彼女が戦わなければ今のこの田舎町の平和だってないのかもしれない。
「そうかもしれない。だけど、魔物を殺したのには違いない」
「うん。そうだね。だから逆に忘れては駄目なのかも。魔物たちだって好き好んで戦っていた訳じゃないかもしれないから」
また彼女が不可思議な事を話している。だから僕は「どういう事?」と聞いてみた。
「彼らだって仲間を救う為に戦っていたのかもしれないよ。私たちと同じで守りたいものが有ったのかも。戦うことになった原因は知らなくてもそれぞれに理由は有った。そして戦って殺しあった事実を知っている人がどちらにも必要なのかも」
「君は不思議な考え方をする」「そうかな? おかしい?」
「全然おかしくない。多分それで有ってる。そうじゃないと俺たちが殺した魔物だって浮かばれない」
僕は彼女の理論に納得していた。これからはそう思って暮らそう。魔物を殺した事実を忘れないで、出来るならそんな事のない世界を願って。
二人でのどかな暮らしは楽しかった。戦場の緊張から離れてただ毎日を平和に過ごす。それがどれほど尊いのかを思い知らされていた。
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