三角テントと穴

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Dは朝の結果を一日中気にせずには居られなかった。 いつもは仕事場のデスクも綺麗にしているし、身形も寸分の乱れもなくしていたのだが、この日はトイレでわざとネクタイのこぶを緩めて、デスクに書類をだしたままにし、パソコンの電源もつけたまま昼食に出かけてみた。 結局は意識の上で行われていることを考えるとDはタイプAの逃れられない渦に両膝までどっぷりと使っていた。情報番組からの助言は精神科医とのカウンセリングだった。 わざとだらしなく、平均台から落ちそうに生きる無様な人間を演じてみたが同僚らは体調が優れないのだろうとしか思っていないようで大して気には留めていなかった。 ただただ自己剣呑にかられるばかりだった。 それでもDは、平日は直帰と決めている中、一人寄道を決行することにした。職場から自宅までの電車に乗り、普段通りの四つ目の駅で降りた。 駐輪場に停めてある自転車を無視して、比較的大きな駅の街をぶらぶらと徘徊した。やはり一人では面白いことはないし、スーツ姿では敏捷性のある動きも取れない。 三畳ほどのクレープ屋に人の列が成っていたが自分の姿があそこに並ぶ事に躊躇する。 老舗の映画館で鬼才が作った仁侠映画が上映中と看板が掛かっていた。 上映期間が残りわずかだからか、鬼才が繰り広げる世界があまりにも観衆を無視したつくりの為か、上映開始時の時だけメディアが取り上げていたが興行成績的には大赤字だろう。 Dはチケットブースでチケットを購入した。 ブースに座っている婆さんは、スーツ姿の長い髪の毛先に軽くウェーブがかかっていて七三のオールバックの一見、広告チラシぐらいのモデルと思われる男が一人で仁侠映画のチケットを欲しがっているのを不思議がった。 鬼才が繰り広げる仁侠映画は色彩に富んでいて内容よりも感性に響かせようとする作品のはずだった。 この映画館では任侠好きのおっさん連中が広告のイメージと題名につられてはいっていた。 上映わずかしておっさん連中は内容の薄さに席を立つものも多くあった。 Dもさすがにつまらないし、鬼才の技法が昔どまりの使い古されたワンパターンなものだったので席を立った。鬼才もタイプA型なのかもと思った。
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