三角テントと穴

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Dはなれない路地に入りながらもそびえたガラス張りの高層ビルがだんだんにちかくになっていくのを確認し、さらに時間に余裕が出来そうなので簡易にテイクアウトできるお惣菜屋でもあればいいなとなった。 それなりに高給取りな職業を選んでおきながら下町を選んだのは食の充実に差があったことは否めない。 人生はバランス力だと豪語するが、食のバランスだけは純和風に偏っていて、特に餡子が好きである。 出勤する時に老舗の和菓子屋から香る甘い餡子の匂いは四季折々に違った風味を持っていてDの一日を演出してくれる。 Dは鼻を利かせ、揚げ物の匂いがするほうへと小道を一本入り、さらに一本左に入った。串揚げだろうか、コロッケだろうか、今日の気分はビールとメンチカツなんてのが理想だなと想像しながら、近所だったがいつも決まった道しか歩かないDは知らない道をぐいぐい進んでいった。 揚げ物の匂いはだんだん輪郭を現し、今にもカラカラと脂の中で衣が弾ける音が聞こえるような距離まで来たと思っているのだが、なかなか見つからない。 Dは小さな小道の真ん中で止まり、目を閉じて犬のように鼻を前に突き出し匂いの元を探り当てることに集中した。確かにこのあたりなのだがと思って、今度は目を開けてあたりを見渡した。 居酒屋が数件と焼き鳥屋、豆腐屋に生地屋があった。居酒屋か、焼き鳥屋が店の中で揚げているのだろうか?それとも住居兼店舗になっている豆腐屋か生地屋が今晩の夕食の揚げ物を作っているのだろうか。 いずれにしろDが期待していたテイクアウト用に揚げている店はなさげだった。すると居酒屋と焼き鳥屋の提燈の明かりがついた。本腰を入れて商売に入る時間に差し迫っていた。 近道を選んだつもりがDは道草を食ってしまい、早足で歩いて溜めた時間も無駄な浪費としてしまった。Dは現在位置を確認する為に上を見上げ自分の高層アパートを探した。 かなり近距離のために一瞬、驚いたが北西に五分も進めば入り口が見えてくるはずだと踏んだ。アパートの入り口にはコンビニの店舗があり、そこの空揚げで揚げ物を食べたかった欲をごまかす事にした。 そうと決まれば、Dは来た道を戻り、北に向かい右に入った。ここも知らない道で、少し進むと公園なのか空き地なのか分からないが、ブランコらしきものは何本か等間隔で立つ外灯に照らされているのが確認できた。 こんな近所に公園があった事を知り、いかにも普段決まったルートだけを歩いてるタイプAの象徴だなと渋々認めた。そして生まれてくる子供と遊べる場所を知っておくのは妻が帰ってきたときの会話のネタになるなと思った。 Dは今度、この土地がどんなものか探りに来る事を頭に叩き込んで、家路を急いだ。公園の外周の歩道を歩いていくのだが、なかなかに公園は大きかった。車道を挟んである向こう側の通りで言うと、すでに四つ分の通りは過ぎている。 奥行きもだいぶあるなという率直な感想を思ったとき、何故今まで気がつかなかったのだろうと疑問に思った。近隣の人らもここの話をしているのを聞いた事はない。 あらかたDが多忙な時期、家のことも省みなかった時に、この辺に建っていた建物が開発の餌食になって取り壊されてこうなったのかもしれないと考えた。 それほど自分は周りの環境に意識が及んでいなかったのかもとまたまた自分が今朝のテレビ番組で重度なタイプA的人間と診断された事が過ぎった。普段は占いの類にまったく意識を左右される自分ではないが、たかだか万人向けのテレビ番組の簡易的なアンケートで的中しただけで一日中脳内占拠されるとはまったく精神疾患の手前ではないかと思った。 確かに最近は熱を入れて働きすぎた。
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