三角テントと穴

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今年の有給でも使って妻の様子をみに行くのもありかもしれないなどと考えて歩いていると、右手に広がっていた空き地が終わろうとしていた。 そこには敷地内への入り口があり、すぐそこに先住民インディアンが住んでいそうな三角のテントが張られていた。途中から並木があり気がつかなかったが、テントは一つでなく何個も連なっているようだった。 何かの美術作品だろうかと思い、時間がないながらも説明書きを探した。しかしあったのは大人一人が通れる幅の入り口にある腰の高さの一応の門に「ようこそOOへ」とDの住む街の区名が書かれていただけだった。古びた電灯は今にも切れそうにチカチカと点滅しながら、薄明かりを放っていた。 どうやらテントは紅色でワインレッドと言ったほうがよさそうだった。三角の頂点を作る軸には直径十五センチぐらいの自然から採った長い枝が刺さっていて、高さ、横幅共に五メートル弱の正三角形型で奥行きは五メートル以上あった。 地面には四隅と両サイドの中間点にこれまた自然の枝で作られた杭が止められていた。Dが見る限り、同じ形体の三角テントが最初の五つが真っ直ぐ連なっている。そして右に旋回するようにまるで蛇の道のように薄明かりのなか紅色のテントは遠くでは黒く見えるが、さらに十個以上はつながっていると思った。風が吹くと一つ一つのテントのつなぎ目の隙間の布が軽く羽ばたけていた。Dの目の前の一個目のテントには入り口があり、同じ紅色の布に三段の小枝が噛ませられていた。 Dは時間がないことを念頭に入れながらも目の前のワインレッドのテントに惹かれていた。新進気鋭な芸術作品の線がまともな考え、足並みをそろえた下町風情に突如現れたテントは明らかに異型であり、景観を損ねる度合いはDの暮らす高層アパートと並ぶ。 週末にでも何かしらのイベントが催すための準備がされているのだろうか。まさかインディアンが住んでいるわけではあるまい。だが、テントが金具を一切使わず薄く白っぽい肌触りのよさそうな木を使っているのは製作者のこだわりなので可能性は0ではなさそうだ。 明日の会社での話題作りには最適だとDは好奇心を深めた。この所、誰もが食の話と最新端末機器の微々たる成長具合を確認しあうごくごく詰まらない会話ばかりだ。 こうやってポッと新たな発見があることに気づけることはDの視野と興味の広さを同僚に伝える事になる。そしてタイプA的生活からはなし得なかった感覚を得られる気がしてきた。
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