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「それにしても今回は閉めるのが早すぎなんじゃないか?」と男の声がする。やさぐれている感じはしないが太い声帯を持っている。
「ハイ???」とDが言う。
「いや君じゃなく」と男が言うとテントの入り口の方から別の声が発せられた。
「そうでしょうか?言われた通りに行っただけだと思いますが」と若い男の声だった。
「うん。まあいいよ。あっいたっ」と男は入り口の方へ戻ろうとするDとぶつかり声をあげた。
「何だってこっちに歩いてきているんだ??」と男は言う。
Dは複数の男に囲まれるのは御免だった。さっさと出て行こうと思ったのだが、男が立ちはだかっているようで無理だった。暗すぎて見えない。男には入り口の開け閉めをする係り役が見えるのだろうか。
「悪いが早く進んでくれないか??この無駄な時間もカウントされちゃうじゃないか」
「進めって言われても全く見えないし」
「まったくのド素人か?ったく、最近は一般受けを狙いすぎててこっちがやりにくいな」
「時間に素人にって?一体なんなんですか?それにあなたはこの状況が見えているんですか?」
「見えないよ」
「でもあなたは入り口に男が居るのを偶然じゃなく言い当てた」
「ああ、まあね。彼は何だかんだいっても、新人だよ。仕事も雑なうえ、バックルが大きすぎる」
「ベルト?」
「居る時と居ない時があり、社員だったら用意された制服があるんだろうけど、バイトくんはまだちょっと緩いんだな。進まないんだったら先に行かせてもらうよ」と男は言った。
右肩に男の手の平が乗せられ反射的に体をビクッとさせてしまい、体を半開きにして男が通るのを許した。危害を与える事は無いという安堵はあったが、この男を先に行かせるとどうしていいのか分からない孤独になってしまう。
Dの両手は暗闇の中をかき、男がまだ近くに居るのではないかと確認する。どうやら男は物音立てずに行ってしまったらしい。といってもどこへ。次にDは右足を少し先に延ばし地面の上を左から右へとなぞった。
何も突起物は無いとわかったので一歩前に歩いた。だが、ふとこのまま振り返り、入ってきた所から帰ればいいことに気がついた。暗闇の中、クルリと体を回転させると、「止めておいたほうがいいよ」と背中の方から男の声がした。
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