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Dは急いで体を回転させて男の声がした方角を見る。意外と近くに居る。
「さっきも言ったけど、一度入ったら進行方向は一つ。逆走は百万単位の罰金か、もしくは・・・・」
「罰金って?何でよ?」
「サインしているはずだからね」
「そんなのしらない」
「君の私生活まではわかりかねる」
「一体どうしたらいいんです?」
「まったく、先を急ぎたいんだけどね俺は」
「そこをなんとか・・・」
「ざっくばらんに言うと、穴に落ちないように木をわたって出口に辿り着けばいい」
「ゲーム?」
「木は大小の太さや長さがある。暗闇の中を自分の感覚で木の在りかを探り当てて進んでいくんだ。木があるところ、すなわちそこにはこれまた大小の大きさの違う穴が掘ってある。そこに落ちたらは君はわかるね。慎重にやれば初心者でも成功するさ。木が折れるということは滅多に無い。万が一折れて落ちてもそれは主催者側の落ち目だから君を拾い上げてくれる。だからいちいちこの木は折れるだろうかなんて心配しなくていい。まあそんなところだ。がんばんな」最後の一文辺りから男の声は遠ざかっていくのがわかった。
男の声が正面からしていたので、後を追うように、もちろん慎重に足元を確認しながら歩いた。すると土の地面から木へと変る瞬間がわかった。
先程、転んだときには気がつかなかったが、ここで踏み外して穴へ落ちる寸前だったようだ。Dは両足を木の上に乗せた。その場にしゃがんで両手で木を触ってみた。
木の皮は所どころはげている。加工された様子が無い、幅が一メートル弱のブナの丸太だと察した。四つん這いになりながら丸太の端から穴の方へ手を下げてみた。
ひんやりとした空気が暗闇のさなかでも地平と地中の堺を教えてくれた。顔を乗り出して穴の方を見ているのだが、それは見ているつもりで当たり一体が同化した黒は何も映してはくれなかった。
だが、穴を覗くという自分がしている行為が致命的な行為だと思った。夜の海を覗くと黒く渦巻く海に引き込まれそうになる。海中では腹を空かせた獰猛な魚らが人間が落ちてくるのを待っているのかも知らない。
好んでみていた世界の生態系を紹介するテレビ番組では夜の海を紹介していた。本来なら今夜もお気に入りの番組を見ている筈だった。奇しくも今日の生態系はモグラを中心にした地中の生態系だった。
Dは真っ直ぐと伸びるブナの丸太を歩いた。小幅で四歩進んだところでブナの木から地面の土へと戻った。一つ目の穴に落ちることなく進めたことの安堵もあったが、この状況がどこまで続くのかわからないのが不安で仕方がなかった。
外からワインレッドの群集は無数に蛇のようにうねりながら連なっていた。一つのテントの大きさからいけば、Dはそろそろ二つ目のテントに入る辺りにはいると思ったが、繋ぎ目に目印らしきものがなかったから、どれくらい進んだのかわからない。
初めての上、テントについて無知すぎるため見逃しているのかもしれない。息遣いが荒くなる必死に押さえ、呼吸を抑えるにのに努めた。一個のテントに付き、一個の穴だろうと勝手な推測を立て、奥行き五メートルのテントの残りの二メートルを進んだ。それでも一歩進むために、利き足の右足で前方をトントンと叩き、地面の有無を確認しなければならなかった。
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