30人が本棚に入れています
本棚に追加
「あれ。消しゴムがない」
授業中に筆箱をあさると消しゴムが消えていた。
「おかしいな。前の休み時間にはあったのに」
間違えた箇所を消そうとするも消しゴムがなければ消すことができない。
とりあえず二重線でも引いておこうと間違えた箇所の上にシャーペンの先を持っていくと、トントンと肩を叩かれた。
「内山」
隣の席の菱倉翔だった。
「もしかして、消しゴム忘れた?」
「ああ……まあ、うん」
本当のところは忘れものというより無くしものだが、彼にそこまで詳細を話すこともないかと適当に返事をしておく。
「よかったら。これ使って」
消しゴムを貸してくれた。
「ありがとう」
礼を言って消しゴムを受け取る。
「どういたしまして」
にっと笑う菱倉。
隣の席が親切な菱倉でよかった。
「チッ」
どこかで舌打ちが聞こえた。
高校二年の九月。二学期。
新学期だから心機一転と意気込んだ担任の作ったくじ引きで席替えをし、新しい席になって一週間が経った。
私、内山梓の隣の席にはクラスの人気者、菱倉翔が座っている。
「あれ? 教科書がない」
次の日。
五時限目の英語の授業の支度をしようとするも、英語の教科書が消えていた。
「机の中に置き勉してたはずなのに」
もう一度机の中を見る。
ない。
英語の教科書は机の中に見当たらず、さらにロッカーや鞄の中も確認したが英語の教科書はどこにもなかった。
(誰かが盗った?)
だとすれば昨日の消しゴムも教科書と同じく誰かに隠されたのかもしれない。
消しゴムがなくなった時は自分がどこかで落としたんだろうと思っていた。
だがさすがに教科書は落とせば分かる。
続けて物がなくなるのは不自然だ。
「また、忘れもの?」
授業中、隣の菱倉が私に聞く。
「あ、うん。英語の教科書がなくって」
「じゃあ一緒に見よう。席、そっちくっつけていい?」
「うん。ありがとう菱倉」
菱倉が自分の机を運ぶ。
机がぴったり二つくっつく。
机と机の境目に敷かれる彼の教科書はまるで対岸を結ぶ架け橋のようだった。
「見にくくない?」
「ううん、菱倉こそちゃんと見える?」
「俺は視力いいから。むしろ見なくても平気」
「何それ。見なきゃダメだよ」
私の右肘が僅かに彼の左肘にあたる。
「……」
黒板を見る彼の耳朶は赤く染まっていた。
心拍が僅かに上がった。
「チッ」
また舌打ちが聞こえた。
声のする方を振り返ると、斜め後ろの席の矢萩さんが鬼のような形相でこちらを睨んでいた。
(たしか……矢萩さんは菱倉のこと好きだったはず)
彼女がクラスの女子たちに菱倉について嬉々と語る姿を何度も目にした。
菱倉について話す矢萩さんはまるで彼に手を出すなと威嚇してるようだった。
(たぶん、矢萩さんの仕業なんだろうな)
実際私は昨日彼女が私の英語の教科書を汚しているのを見てしまった。
昨日、菱倉に消しゴムを借りた日の放課後だ。
持ち帰り忘れた課題プリントを取りに教室へ戻った時、
『あれ? 矢萩さん……?』
教室前のロッカーから課題プリントを取り出し帰ろうとした時、教室に一人残る彼女を見つけた。
矢萩さんは私の英語の教科書を何度も踏みつけていた。開かれたページには罵倒する言葉の羅列まで書かれていた。
私の教科書を憎々しく見下ろす矢萩さんの姿を、私は廊下の窓越しから震えて見た。
「席替えのこと根にもってるのかな」
新学期の席替えで、クジ引きの紙を握り締めこちらを睨む彼女の表情は般若そのものだった。
他の女子が彼と挨拶を交わすだけでも敵意を剥き出しにする矢萩さんだ。
嫉妬。焦燥感。
菱倉と関わる私がおもしろくないことから私の私物を盗む衝動が走ったのか。
「明日も何かしらなくなってるかも」
軽くため息を吐くと「内山、大丈夫?」と隣から菱倉の心配する声がした。
大丈夫と微笑むとまた後ろから矢萩さんの舌打ちが聞こえた。
最初のコメントを投稿しよう!