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菱倉から借り物を通し行われる甘酸っぱい交流。
幸せな時間だった。
しかし、毎回失せ物が出るのは気持ちの良いものではない。
「貸してもらえるのは嬉しいけど、毎回自分の物がなくなるのは嫌だな」
菱倉といるときぽつりと呟いてしまった。
矢萩さんに対する文句だった。
彼女のしかえしは結果的に菱倉との貸し借りライフをすることになったきっかけになっている。
それにしたって人の物を盗むのはれっきとした嫌がらせだ。
「そのくらい大胆なことしちゃうほど菱倉のことが好きってことかな」
「えっ誰のこと?」
「矢萩のさんことだよ。ほら私に敵意むき出しじゃん」
「ああ矢萩さん……でも、俺あの子苦手だな」
「苦手? 矢萩さん菱倉のこと大好きじゃん」
「周囲の人から印象が悪い人に好意を寄せられてもあまり嬉しくはないから。矢萩って性格キツいところあるから結構女子たちが怖がってるんだよな」
へえ意外。
「菱倉って周りの人の評価とか気にするタイプなんだ」
「いや、評価とか世間体みたいなのじゃなくて……なんつーか、人に嫌な印象を与える人が自分にだけ優しくても嫌じゃないか」
「たしかに。そうだね。私も誰にでも平等な人の方が好きだな」
「そういう内山こそ誰にでも平等だよな」
「私?」
「ほら、小学校の頃……俺が“忘れものキング”ってからかわれてた時、内山だけはクラスの奴らから避けられてた俺に声をかけてくれたじゃん」
「ああ」
「俺、内山が消しゴムとか彫刻刀とか貸してくれた日のこと覚えてるよ。嬉しかった」
たしかに、忘れものをした彼に私は何度も物を貸してあげた。
「そりゃ隣の席の子が忘れ物してたら貸すでしょ」
「俺にとってあの時助けてくれた内山は女神に見えたんだよ」
「大げさだなぁ。ていうかあの時も隣同士だったね私たち」
「高校でもまた隣なんて凄いよな」
「しかも今度は立場が逆なんてね」
立場逆転。
助けられてた男の子が今度は私を助ける側に。
考えようによってはロマンチックな話よね。
「でも、毎日物がなくなるのは勘弁かな。多い日は一日に三つもなくなるし忘れものって誤魔化し続けるのも限界あるし……嫌がらせ事態はいい気分じゃないしね」
「担任に相談してみる?」
「それも思ったけど、私、矢萩さんに感謝してる部分もあるんだよね」
「感謝? なんで」
「だって彼女の嫌がらせがなければ私たちここまで仲良くなれることもなかったじゃない。席が隣でも少し話す程度でバイバーイだったかも」
教師が介入すれば、彼との淡い恋情を交えた交流もなくなってしまう。
それをもったいないと思ってしまうのは私だけ?
「大丈夫だよ。たとえ内山の“忘れもの”がなくなっても内山が困ったら俺いつでも助けるよ。隣同士とかそんなの関係なしに」
柔らかく笑うと彼は私の頭を優しく撫でる。
「さっそく今日は一緒に帰ろうか」
「……うん」
温かな手の平の感触に、私は安堵と彼への好意を再確認した。
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