30人が本棚に入れています
本棚に追加
彼のスウェットの袖に腕を通す。
いつも隣で香る彼の匂いが自分の身体をふんわりと包んでいる。
「いけないいけない煩悩煩悩」
夢心地にトリップしそうになったので気を取り直して彼の部屋を見渡す。
「男の子の部屋って新鮮」
寝具に本棚にラック、なにもかも自分の部屋と違う。
「ん?」
あれは……
ラックには布がカーテンのようにかけられている。
しかし下の方の布が少し捲られた跡があり、そこから何かの角が見えていた。
(四角い……本? なんか、随分ヨレてるな)
それに、なんか見たことのある色。
身を屈め、目を凝らして背表紙を見る。
「え……」
これって。
思わずそれをラックから引き抜いてしまった。
「これ、私の教科書?」
あの日矢萩さんにボロボロにされた英語の教科書がそこにあった。
ページをめくる。
書かれた悪口も私宛てのもの。間違いない。私の物だ。
「どうしてここに……矢萩さんが盗んだんじゃなかったの」
そういえば彼女が教科書をボロボロにした後それをどうしたかまでは見ていない。
「……」
ドアの方を振り返る。
誰も来る気配はない。
私はラックにかかる布を振り払った。
「! なんで……!?」
棚に並ぶ物にはどれも見覚えがあった。
全て私が学校でなくした物だった。
消しゴムに定規、コンパス、絵の具のイエロー、ハンカチ、裁縫箱、修正テープ、ハサミ、単語帳……私の持ち物がずらりと棚に並べられている。
「見ちゃったんだ」
「!」
後ろから声をかけられ肩が跳び跳ねる。
「コーヒー、用意できたから何度もノックしたんだけど、返事なかったから」
「菱倉、これは」
どうして菱倉が私の物を全部持ってるの。
強張る私の表情を見て、
「そんな顔させるつもりじゃなかったんだけどな」
「どういうこと? 矢萩さんの仕業に見せかけて、本当は全部菱倉の自作自演だったの」
「うん。そうだよ」
菱倉はコーヒーを置き、私を見つめる。その瞳は悲しそうで。
「俺は、内山を助けられる人になりたかったんだ」
「意味がわからない。私を助ける? 助けるならどうしてこんなこと……」
「昔の話しただろ。小学生の時、内山は忘れものをした俺に優しくしてくれた。物がなくて困ってた俺に笑いかけ助けてくれた。俺はあの頃から内山のことが好きだったんだ」
菱倉の声が小さく震える。
「でもなかなか内山に話しかけるチャンスがなくて、高校の席替えでまた隣になれた時思いついたんだ。『助ける機会がないなら自分で作ってしまえばいい』って。だから内山の私物を隠して俺は困ってる内山を助ける体を装ったんだ」
「菱倉……」
「信じてほしい。俺は内山を困らせたかったわけじゃない。ただ、内山に俺を好きになってほしかっただけなんだ」
最低な奴でごめん。
菱倉の瞳から涙が溢れた。
バカな人。
自分の行いが露呈して好きな相手に幻滅されて。何もかも終わり。
そんな絶望した顔を浮かべる彼を私は抱き締めた。
「内山?」
「不器用な人。そんなことよりもっと大事なことあるでしょ」
「え……?」
「私まだ菱倉に好きって言ってもらってない」
「俺を許してくれるの。まだ、俺は内山を好きでいいのか」
「好きでいてくれなきゃ拗ねちゃうよ私」
弱々しく震える身体に腕の力を強める。
ふふ、結局あの頃と変わらない。菱倉はずっと菱倉のままなんだ。
不器用な私の隣人。
その不器用さすら私は愛しくてたまらないというのに。
最初のコメントを投稿しよう!