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夜叉討伐から3か月が経った。
蟻塚は教室の席に座り、ぼんやりと教師が話す授業の内容を聞いていた。
黒板に描かれる文字を適当に読み、適当にノートに書き写す。
もうすぐ試験が始まるというのに、蟻塚には勉強する気力もない。
あれから天蘭の連絡は1度もなかった。
だが彼は自分から連絡を取ろうとも思わない。
彼女を信じているから……
「じゃあ蟻塚、この数式の答えを行ってみなさい」
「3」
「は?」
「3です」
「いや……違うよ」
「そうですか」
彼はずっとこの調子だ。
成績は悪くとも授業は真面目に受けていた蟻塚に、教師たちも困惑している。
蟻塚は背もたれにだらしなく体を預けて、口を半開きにして前を見ていた。
トレーニングもさぼっているので、体も錆びつき始めていた。
頭の中でいっぱいになっている天蘭の面影に、彼の人生は狂わされている。
「なんだあれ?」
クラスメイトの生徒が窓を見て指をさした。
窓際の生徒たちがガヤガヤと騒ぎ出す。
「君たちなに騒いでいる?」
「だって先生、グラウンドに車が止まってますよ」
「ええ?」
教師が窓の外を確認した。
そして顔をしかめる。
「まったく誰だ……迷惑なことをする」
「あの女の人、こっちに手を振ってますよ」
蟻塚は思わず立ち上がった。
大男がいきなり立ち上がったことで目を丸くしている生徒たちに構わず、彼はぶち破らん勢いで窓に両手を当てた。
確かにこちらに手を振っている女性がいる。
蟻塚の口元がだらしなく歪んだ。
「天蘭さん……」
蟻塚は窓を開けて体を外に乗り出した。
「天蘭さん!!」
「おお!蟻塚くん!久しぶりだね!!」
天蘭は拡声器片手に大声を出した。
その声は校舎中に聞こえているだろう。
「さあ行くぞ蟻塚くん!仕事だ!!」
「分かった!!!」
蟻塚は胸に湧き上がってくる喜びの気持ちを隠さずに軽いステップを踏んで机から鞄を取り上げる。
「お、おい蟻塚……」
「早退します!っていうか学校辞めるかも!!」
晴れやかに言い切った蟻塚は猛ダッシュで廊下を走り階段を下りて靴を履き替えた。
グラウンドに到着すると、いつもと変わらない笑みの天蘭が迎えてくれた。
「いっつもいきなりなんだから天蘭さんは!」
「サプライズだよ。嬉しいだろう?」
「当たり前だ!さあ行こう!!」
蟻塚と天蘭は車に乗り込んだ。
天蘭はアクセルを踏んでUターンし、校門を抜ける。
「もう!狭いぜこの車!」
「仕方ないだろう。軽なんだから」
「えへへ。今まで何してたの?」
「準備をね。私1人で除霊師をやるんだ。もう後ろ盾もないから色々とやらなくちゃいけないことが多くて」
「まったく!で!?どこに行くんだ!?」
「広島だよ、来るかい?」
「車発進させといて『来るかい?』はないだろう!君と一緒ならブラジルだって行くさ!」
「あはは、元気がいいな。さぁ役目を果たしに行こう」
「おう!」
彼女がまた自分を連れて行ってくれる……
蟻塚はそれだけで満足だった。
彼がまた自分のそばにいてくれる……
天蘭はそれだけで満足だった。
2人は笑顔で言葉を交わし合い、自分たちの助けを待っている人のもとに向かうのだ。
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