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夜叉は項垂れた天蘭の首に狙いをつける。
剣を構えて、断頭によって命を断とうとした。
「待て!」
蟻塚は気力を振り絞り、天蘭の体を抱いた。
動きの鈍い彼の背中に刀が叩きつけられる。
血をまき散らしながら蟻塚は倒れた。
蟻塚は彼女を抱きながら、少しでも敵から離れようと這いつくばって進む。
「はぁはぁ……天蘭さん……聞こえるか?」
彼の両腕に抱かれる天蘭の目は、もうほとんど開いていなかった。
白い息を吐きながら、蟻塚を抱き返している。
「ごめんね蟻塚くん……ごめんね」
蟻塚は涙を流した。
うわごとのように彼女は自分に謝罪をしているから……
何度も恨んだことはあるけど、蟻塚はそれ以上に彼女に感謝している。
「目を閉じるなよ……おい!頼むから目を開けろ!」
「君に……出会えてよかった……最後に……自分の価値が分かった……」
「ああそうだ!君は素晴らしい人だ!人を助けるヒーローだ!助けられた人も俺も君に感謝している!だから死ぬなって!!君にはまだやることが残ってるだろう!」
「……ごめんね」
「くそう!」
蟻塚たちは取り囲まれた。
そばにいるのは夜叉だけでなく、夜叉が創り出した悪霊たちもいる。
みなニタニタと笑い、蟻塚と天蘭を見下ろしていた。
敵はじりじりと嫌らしく近づいてくる。
蟻塚は彼女を抱いたまま、もう逃げられないことを悟った。
「てめぇら全員地獄で殺してやるからな!!!」
蟻塚は力の限り叫んだ。
夜叉たちの歩みは止まらない。
追いつめた獲物を、狩るだけだ。
蟻塚は彼女を強く、強く抱きしめる。
最期まで一緒だということを伝えたかったのだ。
「……なんだ?」
蟻塚は目を疑った。
なぜだか分からないが、自分たちを取り囲んでいた悪霊たちが音もたてずに消えていくからだ。
蟻塚は最初夜叉が霊たちを吸収して、さらに力を増しているのかと思った。
だがどうやら違うようで、夜叉は顔に動揺を浮かばせている。
「……この有様はなんだ?」
「あんた……」
蟻塚はその声を聞いたことがある。
眉間に刻まれた深い皺と、顔中についた傷。
そして眼光は、沼底のように暗く、氷のように冷たい。
「……天蘭さんの親父さんか?」
天蘭鷲男の側近たちがお札を飛ばし悪霊たちを消した。
大量に湧いたほかの霊たちも、赤子の手を捻るように次々に除霊していく。
鷲男は腰に差した刀の柄を握った。
夜叉は怒り狂って声を荒げ、鷲男に襲い掛かった。
鷲男は腰を沈ませ、いつの間にか夜叉の後ろに移動していた。
夜叉は驚いたように振り向く。
振り向いた瞬間、夜叉の首と胴が真っ二つになった。
彼の居合切りが、夜叉を再度殺したのだ。
「処理しておけ」
「はっ!」
夜叉の後始末を部下に任せた鷲男は蟻塚に近づく。
戦いは収束に向かう。
鷲男が連れて来た部下たちが、霊たちを消滅させて傷ついた者の手当てを始めているのだ。
「誰だ貴様?」
「彼女の相棒だ」
「ああ……電話の男か」
「早く彼女を手当てしてやってくれ」
「……情けない女だ」
「……なんだと?」
蟻塚の血管が弾けそうになる。
鷲男は蟻塚から睨み上げられても、何の動揺も見せない。
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