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「そういうわけにはいかない。私はもう天蘭の名前を使えないからね、これまでのように十分な情報も準備も出来ない」
「……除霊師は続けるの?」
「当たり前でしょ?私にはそれしかないんだから」
「俺も連れて行ってくれ」
「除霊なんて個人でやったらあんまりお金にならないからね。1つの地域にこだわってたら食べてなんかいけない。だから日本中を回るつもりだよ。ふふ、今まで住んでた場所は家賃が高いからね」
「そんなの俺の家に住めばいい!部屋は余ってるんだ!」
「言っただろう?色んな場所に行って、色んな霊を除霊するんだよ。一箇所には留まれない」
蟻塚は俯いて、彼女の手を握る。
「じゃ、じゃあ……もうやんなくていいだろう。君は頑張ってきたんだし……その……俺の家はお金はあるから1人増えたくらい……」
「それじゃダメなんだ。私は君に教えて貰った。自分の価値を……ここでやめたらまた昔の私に逆戻り。それは嫌なんだよ」
「だからって……」
「君は連れていけない。君には君の人生がある。君こそ十分頑張ってくれた……もういいんだよ?今の君は立派になった、どこでだってやっていける。これから本当の意味で自分の足で歩くんだろう?だったらもう私のことは忘れてよ」
蟻塚は縋るように彼女を見つめる。
彼女も目は逸らさない、穏やかな笑顔のまま……
「君には本当に感謝してる。ありがとう蟻塚くん……いつかまた会えたら、一緒にご飯を食べようね」
天蘭はベッドから腰を上げて背中を向けた。
蟻塚から離れていく。
彼は我慢ならなかった。
もう彼女と離れるのは絶対に嫌だったのだ。
蟻塚は彼女を追って、後ろから抱きしめる。
1粒の涙を流しながら。
「行かないでくれ……寂しいだろう……こんなに頑張ってきたのにお別れなんて」
「……もう君に迷惑をかけたくないんだ。分かって……君は大人になった。強くもなった。君のお父様も喜ばれる」
「親父がなんだってんだ!」
「君を死なせたくないんだよ……」
聞き取れないほど小さな声で天蘭は呟いた。
蟻塚の涙が溢れ出る。
「君は俺を認めてくれた!今だってそうだ!大人になったと言ってくれたじゃないか!だから自分で選びたいんだよ!俺は君と一緒に居たい、死ぬかもしれないけどそれでも君の隣にいたいんだ!なんでそれが分からない!?俺はもうガキじゃない!自分の人生くらい自分で選ばせてくれ!俺が君と一緒にいたいと言ったらいたいんだ!!」
「……ありがと、嬉しいよ」
蟻塚の両腕を優しくどかした天蘭は、部屋の扉を開けた。
「今度……私の意思をはっきりと聞かせるよ。だから君は家に帰って」
「……本当だね?」
「うん……」
「そうか……分かった」
天蘭は部屋を出る。
蟻塚はもう追わなかった。
彼女は嘘をつく人間ではない。
だから信じた、それだけだ。
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