百鬼夜行

40/41
前へ
/170ページ
次へ
「そういうわけにはいかない。私はもう天蘭の名前を使えないからね、これまでのように十分な情報も準備も出来ない」 「……除霊師は続けるの?」 「当たり前でしょ?私にはそれしかないんだから」 「俺も連れて行ってくれ」 「除霊なんて個人でやったらあんまりお金にならないからね。1つの地域にこだわってたら食べてなんかいけない。だから日本中を回るつもりだよ。ふふ、今まで住んでた場所は家賃が高いからね」 「そんなの俺の家に住めばいい!部屋は余ってるんだ!」 「言っただろう?色んな場所に行って、色んな霊を除霊するんだよ。一箇所には留まれない」 蟻塚は俯いて、彼女の手を握る。 「じゃ、じゃあ……もうやんなくていいだろう。君は頑張ってきたんだし……その……俺の家はお金はあるから1人増えたくらい……」 「それじゃダメなんだ。私は君に教えて貰った。自分の価値を……ここでやめたらまた昔の私に逆戻り。それは嫌なんだよ」 「だからって……」 「君は連れていけない。君には君の人生がある。君こそ十分頑張ってくれた……もういいんだよ?今の君は立派になった、どこでだってやっていける。これから本当の意味で自分の足で歩くんだろう?だったらもう私のことは忘れてよ」 蟻塚は縋るように彼女を見つめる。 彼女も目は逸らさない、穏やかな笑顔のまま…… 「君には本当に感謝してる。ありがとう蟻塚くん……いつかまた会えたら、一緒にご飯を食べようね」 天蘭はベッドから腰を上げて背中を向けた。 蟻塚から離れていく。 彼は我慢ならなかった。 もう彼女と離れるのは絶対に嫌だったのだ。 蟻塚は彼女を追って、後ろから抱きしめる。 1粒の涙を流しながら。 「行かないでくれ……寂しいだろう……こんなに頑張ってきたのにお別れなんて」 「……もう君に迷惑をかけたくないんだ。分かって……君は大人になった。強くもなった。君のお父様も喜ばれる」 「親父がなんだってんだ!」 「君を死なせたくないんだよ……」 聞き取れないほど小さな声で天蘭は呟いた。 蟻塚の涙が溢れ出る。 「君は俺を認めてくれた!今だってそうだ!大人になったと言ってくれたじゃないか!だから自分で選びたいんだよ!俺は君と一緒に居たい、死ぬかもしれないけどそれでも君の隣にいたいんだ!なんでそれが分からない!?俺はもうガキじゃない!自分の人生くらい自分で選ばせてくれ!俺が君と一緒にいたいと言ったらいたいんだ!!」 「……ありがと、嬉しいよ」 蟻塚の両腕を優しくどかした天蘭は、部屋の扉を開けた。 「今度……私の意思をはっきりと聞かせるよ。だから君は家に帰って」 「……本当だね?」 「うん……」 「そうか……分かった」 天蘭は部屋を出る。 蟻塚はもう追わなかった。 彼女は嘘をつく人間ではない。 だから信じた、それだけだ。
/170ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加