天蘭さん

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「やめろ青木!!」 青木は「ふんっ」と鼻を鳴らし、脚を広げる。 蟻塚は大きな体を小さくして、彼と肌が触れ合わないようにした。 それから先はしばらく沈黙の時間になった。 気まずい雰囲気の中で誰も喋らない。 黙々と車は前に進んでいく。 そこで蟻塚はある疑問を抱いた。 段々と車のスピードが増しているのだ。 メーターはすでに110キロを指している、まだまだ加速は続くようだ。 こんな場所に人など通らないだろうが、流石にスピードを出しすぎだ。 蟻塚は運転席に座っている佐々木の肩を叩く。 「佐々木さん、ちょっとスピード出しすぎじゃないか?」 佐々木は何も答えない。 「おい……聞いてるか佐々木さん」 佐々木は何も答えない。 不審に思った加藤も彼に話しかけてみる。 「佐々木、ちょっとスピード落とせ。飛ばしすぎだぞ」 佐々木は何も答えない。 前だけを向いてアクセルを踏んでいる。 車の加速は止まらない。 「いい加減にしろ佐々木!ふざけてんのか!?」 加藤が叫んで、佐々木の体をゆする。 彼は何の反応も示さない。 魅入られたように、前方の暗闇だけを凝視している。 身の危険を感じた加藤はブレーキペダルを踏んだ。 車は急停止し、スリップ痕を残す。 シートベルトが皆の胸と腹に強く食い込む。 蟻塚は鈍い痛みに小さく呻いた。 「おいふざけんなよ!!何のつもりだ!!」 激怒している青木は力の限り佐々木を罵った。 彼はシートベルトをしていなかったので、前のシートで頭を打って、そのままシートから転げ落ちたのだ。 「え?……なんだ?」 「なんだじゃないだろ佐々木!お前何考えてんだ!」 「……悪い、意味がわかんねぇ」 佐々木は何度も首を振った。 皆が怒っている理由が本当に分からないようだ。 蟻塚は彼がしでかしたことを説明してやった。 「え?覚えてないな……」 「覚えてないわけないだろう佐々木さん、あんたがアクセル踏んでたんだぜ?」 「いや……マジに記憶がねぇ」 「大丈夫かよ?酒飲んでんのか?」 「飲んでないけど……あれぇ?」 「『あれぇ?』じゃねぇよ馬鹿!ふざけんな!!」 青木はまだ喚いている。 納得いっていないながらも、佐々木は加藤と運転を交代した。 不可解な出来事だったが、佐々木の疲れが溜まっていたということで結論を出す。 運転手が加藤に変わり、車は再発進する。 「なあ佐々木さん、大丈夫かよ?」 「ああ、大丈夫だと思うけど」 蟻塚は彼を心配した。 どこか体調でも悪いのかと疑っているのだ。 だが心配に反して佐々木はケロッとしているように見える。 「変なんだよな……本当に記憶がないんだ」 「なあ佐々木さん……変なものとか見なかったか?」 「変なもの?」 「ほら……女とか」 蟻塚の質問の意図が分からない佐々木は眉間に皺を寄せる。
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