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「ああ……来るな……来るな……あっちに行ってくれ……」
情けない男の声が聞こえる。
汗を拭きだしながら、男はうなされている。
「やめてくれ!!」
男は叫び、悪夢から脱出した。
自分がベッドの上にいることに気づき、ほっとする。
「なんだ……夢か……まったく」
蟻塚はひと息ついて、布団から体を出した。
キョロキョロとあたりを見回すと、ここがあの鳥居のあった山の中ではないことに気づく。
小綺麗な部屋の中だ。
「喉渇いた……水でも飲むか」
蟻塚はベッドから下りようとした。
ここで重大なことに気づく。
「……ここどこだ?」
この部屋は蟻塚の部屋ではなかった。
内装や家具もまったく違う。
混乱した彼は、思わず立ち上がってしまった。
「な、な、なんだ?どこだここ?」
軽くパニックに陥ってしまった蟻塚はポケットに手を突っ込んでスマホを取り出そうとした。
しかしスマホは見つからない。
「おいおいおいおい、なんだよこれ!」
彼の心が恐怖に支配されていく。
まったく状況を理解できない。
無様にあたふたしていると、部屋の扉がノックされた。
蟻塚は咄嗟に格闘の構えをとる。
「入るよ」
「だ、誰だ!」
声は女のものだった。
扉が開き、声の主が姿を現す。
蟻塚は警戒をさらに強めた。
ドアから入ってきた女性は蟻塚の知らない女性だったのだ。
白すぎる肌と切れ長の目の下にある薄い隈が不健康なイメージを見るものに与えるが、どことなく影のある優しさというものを内包している女性だ。
顔立ちも決して崩れてはいない。
「起きたようだね」
「誰だ!」
「そんなにビクビクしないでよ、取って食おうってわけじゃないんだからさ」
女性は蟻塚にコーヒーカップを手渡した。
湯気の立っているホットコーヒーを見つめた後、すぐに蟻塚は女性に顔を向き直した。
「蟻塚壱くん、だね?」
「なんで俺の名前を……」
女性はベッドに腰を下ろした。
蟻塚は依然立ったままだ。
「まあそんなことはどうでもいいじゃないか。聞きたいことがあるんだろう?なんでも聞いていいよ」
質問の許可を貰ったはいいが、蟻塚の頭はこんがらがっていて口に出すべき適切な言葉が見つからずにいる。
女性はクスクスと笑っていた。
「ゆっくりでいいよ。まずはコーヒーを飲んだらどうだい?」
「……何も入ってないだろうな?」
「入ってない?何が?」
「ど、毒とか」
そこでまた女性はクスクスと笑った。
その態度に蟻塚もムッとしてしまう。
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