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彼女のために鳥は歌を歌った。
歌い終えると、鳥は羽をばたつかせ、彼女の興味を引こうとした。それでも彼女の虚ろな瞳に変化はなかった。鳥はなおも歌った。
彼女の耳に、確かにその歌は届いていた。
しかし、黒く鈍く光る爪を持つその鳥に、彼女は微笑みかけるどころか表情を変える気すら起こさなかった。羽も嘴も黒だが、ことさらその爪が、彼女は気にくわなかった。
爪は羽の先から出ていた。翼の先に小さな手が生え、その三本の指先に爪が伸びている。六つの暗い輝きは、彼女の心を虚ろにさせるばかりか、淀んだようなその底の方では、少しずつ苛立ちを募らせた。
二本の、乾いた黒い皮膚に覆われた脚にも爪は生えているが、手の爪ほど輝きを放ってはいない。問題は、羽先の爪なのだ。
鳥は歌い、おどける様に彼女に歩み寄ってきた。部屋の中央の広いテーブルの上を、ベッドに横になっている彼女に近付いていく。彼女はそれをただじっと見つめていた。鳥の脚の爪は、硬い木のテーブルの上でカツカツと音をたてた。その音が、テーブルの縁まで来ると止まった。鳥は足を止め、彼女を見つめた。
彼女は目を伏せ、そして開くとすぐにベッドから降りた。窓辺へ行き、窓を開け放つ。振り向いて、鳥を睨む。
「行け」
その命令に、鳥は二の足を踏む。彼女の態度は揺るがない。二度と同じ言葉を口にはしない。が、厳しい視線は絶えず鳥に注がれた。
鳥は怯えながらも抵抗するように、テーブルの上をくるくると歩き回った。それでも、彼女の表情に変化はなかった。
夜明けまでにはまだ、もう少し時間がかかろうという暗い空に、黒い鳥は飛び立った。夜に鳥が溶け込むまで、彼女はずっとその姿を目で追っていた。
二度と来るな。
そう思う。
それでも明日になれば再びこの部屋に、あの鳥が自分の目を覚ましに来ることを彼女は知っていた。
昔からそうだった。
生まれた日からずっと、あの鳥は彼女に付きまとっているのだ。
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