自己肯定感

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 上履きを履く。今日二度目の登校だ。 「悪いな、付き合わせちまって」  綿貫が手を合わせた。 「仕方ないよ。夏の金曜日に体操服を忘れたら、取りに戻るしかないでしょ」 「月曜日には発酵食品になっちゃうもんな」 「食品にはならないだろ」  特に用事も無いし一向に構わない。そういえば、橋本は今日、残らなきゃいけないと言っていた。それこそ用事でもあるのか。まだ学校にいるかな。後で電話をかけてみよう。  綿貫のお喋りに相槌をうちながら校舎を歩く。差し込む夕日が眩しい。青春っぽいな、と思った。傍らの親友を見る。不満は無い。むしろ楽しい。でも隣にいるのが恋人だったら華やぐだろうに。まあ俺に彼女ができるわけない。女子の友達だっていないのだ。 「綿貫さ、女友達っているか」 「何だよ急に。いないよ」 「彼女とか欲しくない?」 「欲しい。十七歳の夏だもん。青春真っ只中だ。彼女、欲しい」 「でも作り方がわからない」  俺の言葉に激しく頷く。だよなぁ、と頭の後ろで手を組んだ。恐らく、恋人同士になるためには少なくともどちらか一方に精神の膨大な熱量が必要なのだ。会話を交わす仲になり、相手の内面へ踏み込める深度へ至り、隠し事をしなくなるほどの信用を得て、最終的に愛を伝える。いやはや、凄いな恋人って。あれ、でもこれは好きな相手に対してゼロからのスタートと仮定している。友達関係を築いた上で恋人にシフトするなら、もう少し負担は少ないのか。うん、駄目だ。負担、と考えている時点で俺に彼女はできないな。 「田中、好きな人でもできたのか」 「女友達もいないのにできるわけないだろ。お前はどうなんだよ」 「同じだよ。色気無いな、俺達」  綿貫は喉ちんこが見えるほど大口を開けて笑った。虚しくないのか、と言おうとしたが、俺も巻き添えを食って虚しい人になる気がしてやめた。別に彼女なんていなくても毎日楽しいし。  沈黙が降りた。俯き気味に廊下を進む。その時、綿貫のクラスから女子生徒が一人出て来た。じゃあね、と教室に向かって手を振りこちらへ歩き出す。噛み締めた唇は震えていた。俺達に気付き顔を逸らす。あからさまに何かあった気配を醸し出している。今から、何かあった教室に入らなければならないのか。誰が残っているのやら。面倒臭いなぁ、と思いながら中を覗く。 「お前かよ」  橋本がいた。鞄に教科書を詰めている。 「あれ、二人ともどうしたの」 「体操服を忘れてな。土日挟んだら発酵食品になっちゃうだろ」 「だから食品にはならねぇって」  綿貫がロッカーに向かう。俺は橋本に近付き、そっと耳打ちした。 「さっき教室から出て来た子、お前と何かあったの」  橋本の表情は変わらない。本当は、振ったのかと聞きたかった。あの子の表情は振られた人のものだったから。でも最初から選択肢を狭めるのも失礼だ。 「告白された」 「マジかよ。それで、返事は」 「振った」 「あっさり言うな。こっちの気遣いも少しは感じ取れ」  一発小突く。どこに気遣いがあったんだよ、と橋本は口を尖らせた。 「おいおい、何を揉めているんだ」  体操服の入った袋を肩にかけた綿貫が乱入した。 「こいつ、さっきの女の子に告白されたんだって」  俺の言葉に硬直する。目の前で手を振ってみる。眼球は動かない。と思いきや。 「それでどうした。何て返事した。オッケーか。彼女できちゃったのか」  突如動き出した。俺を押しのけ勢いよく橋本へ掴みかかる。 「振った」 「あっさり言うな。あれ俺らのクラスの高橋さんだろ。女子バスケ部でポイントガードをやってる明るい子。勉強はあんまり得意じゃないけど運動が得意でコミュ力も抜群のいい人だ。何で振った。あんな素敵な子がお前に告白して来たんだぞ。どこが気に入らない。性格か。外見か。贅沢言ってんじゃねぇ」 「何も言ってないけど」 「そういうことじゃないと思うよ」  橋本の背中を軽く叩く。たまに、こいつは人間の皮を被ったロボットじゃないかと頭に過ぎる瞬間がある。 「綿貫も落ち着け」  取り敢えずひっぺがす。冷静だな、と叫ぶ綿貫の額には青筋が立っていた。 「田中は腹が立たないのか。あんないい子が彼女になるかも知れなかったのに振ったんだぞ。何様だよ」 「違うよ」 「何が違う。振ったんだろ」 「振った」 「あっさり言うな」  またむしゃぶりつこうとする。やかましいのでラリアットをかました。綺麗に首元へ入る。アホはもんどりうって床に転がった。掠れた呻き声が微かに聞こえる。頭は打っていないし大丈夫だろう。 「橋本、違うって何が違うんだ」  改めて俺から問う。振ったけど違う、とは意味がわからない。橋本は肩を竦めた。 「いじめだよ、あれ」  ん、と首を捻る。会話が止まった。外では部活動の声が響いている。サッカー部か、野球部か。はたまた陸上部か。 「いや説明しろよ」  ロボットの胸元を手の甲で叩く。感触は人間の肉体だった。説明ね、と頬をかき、橋本は椅子に座った。俺も近くの席に着く。綿貫はあぐらをかいた。お、復旧したか。 「俺に告白するなんて、どうせ罰ゲームかドッキリだよ。真に受けて、俺がよろしくお願いしますって返事をしたらネタばらしされていじられるの。本気で告白されたと思ったか、お前なんかがされるわけないだろ、って。そんな分かり切った罠に俺は嵌まらない。だから断った。そうすれば相手には、橋本如きに振られた女、という烙印が押される。懸念があるとするなら、生意気だ、って相手が友達を連れて怒鳴り込んでくることだけど、今のところされたことはまだ無い。振られたって恥ずかしくて言えないのかな」  思わず綿貫と顔を見合わせる。橋本からこんな悲しい告白をされるとは想像したことも無かった。そして、何かが心に引っかかった気もするが、わからないので一旦置いておく。二人揃って立ち上がり、橋本の肩に手を置いた。 「お前、自尊心とか自己肯定感って無いの」  親友はもう一人の親友に優しく声をかけた。さっきまでの勢いは欠片も無い。 「あるから断ったんだよ」  きっぱり言いやがった。自分が絶対に告白されないと確信している。そんなことない、と俺も慰める。 「お前が告白されることだってあるよ」 「無いね。勉強は普通。運動神経は死んでいる。休みの日は引き籠もってゲームをしている。顔だって格好良くないし話が面白いわけでもない。そもそもろくに女子と話したことも無い。そんな奴に告白なんてするか。お前ら、話したことの無い暗い奴に告白しようと思うか」  言い返そうとして言葉に詰まる。具体的に例を示されると、確かに告白しようとは思わない。それも、さっきの高橋さんという人は明るく活発な方らしい。橋本と噛み合う要素がまるで見当たらない。 どうしよう、理論武装がしっかりし過ぎている。慰められない。助けを求めて綿貫を見ると俺と同じ顔をしていた。二人揃って撃沈寸前だ。ほらな、と橋本が勝ち誇る。 「反論の余地が無いだろう。いじめなんだよ」 「そんなことはない。お前のいいところはいっぱいある」 「でもそれが恋愛の好きに繋がるかよ。そもそも相手は俺のそういうところを知らないんだぞ。話したことが無いから」 「いちいち完璧に言い返すんじゃねぇよ」  思わず手が出た。痛ぇ、と橋本は叩かれた後頭部を押さえる。 「大人しく慰められろや」 「慰める相手を叩く奴があるか」  まあまあ、と綿貫が間に入る。こういう時、三人組で良かったと思う。 「落ち着け田中。暴力は良くない」 「お前にだけは言われたくない」  橋本が鞄を掴み、もういいだろと溜息をついた。 「帰ろうぜ。ゲームしたいし」  しかし俺は首を振った。 「いいや。ここまで来たならはっきりさせてやる。お前が告白に値する男だということをな。綿貫、高橋さんの携帯番号は知っているか」 「知っているけど、何をするつもりだ」 「呼び戻してもう一回告白してもらう」  今度は二人が黙り込んだ。綿貫は腕を組み、橋本は首を捻っている。外の声だけが響いていた。どうでもいいけどあの人達、ずっと声を出しているのか。立派な声帯だ。 「いや、流石に気まずいんだけど」  橋本が口を開いた。そうだよ、と綿貫も乗っかる。 「今回はいいじゃん。理由はどうあれ橋本はもう断っちゃったんだし。流そうよ」 「駄目だ。電話をかけろ。もう一回告白してもらって、橋本が断った理由も説明して、バツゲームやドッキリじゃないことを見届ける」 「俺達も同席するのか」 「当たり前だ」  いやいや、と綿貫が激しく手を振った。それは無い、デリカシーが無い、と俺を責める。だがそんなものは無くていい。絶対にもう一度告白させてやる。  それに、いじめじゃない自信もあった。俺と綿貫がここへ来る途中、生徒の集団はいなかった。いじめるなら近くの教室に待機しているはずだ。あるいは教室にカメラを仕掛けられており、それを別の場所で楽しんでいる可能性もあるが、もう一つ重要な確信があった。すれ違った高橋さんの表情は心底悲しんでいた。涙を見せなかったのが立派だと思うほどに。十七年しか人を見ていない俺でもわかるくらい、はっきりと内面が出ていた。あの人は橋本が好きなのだ。その気持ちを、悲しい先入観から無下にしては失礼だ。  俺は教壇に立ち、二人に考えを説明した。熱弁を聞いた橋本は、一人俯いた。 「心配するな。万が一いじめだったら俺達が追っ払ってやる。だから向き合おう。好きだって言ってくれた高橋さんの気持ちにさ」  今日何度目かの沈黙。急かさない。迷いは自分でしっかり晴らすべきだ。俺達は待った。やがて、橋本は顔を上げた。 「わかった。気まずいしどうしたらいいかわからないけど、もう一回告白してもらう」 「よし。綿貫、電話しろ。説明は俺がする」 「マジか。聞いたこと無いぞ、振った相手にもう一回告白させるなんて。しかも同じ日に」 「いいから早くかけろ」  教室の真ん中に集まる。綿貫は渋々スマートフォンを取り出した。橋本が俺の目を真っ直ぐに見る。 「俺が直接話す。自分の尻は自分で拭く」 「わかった。もし傷付くようなことがあっても、俺達が慰める。今度は素直に慰められろよ」 「何でちょっと不吉なことを言うのさ。慰める前提って、俺が振られるみたいじゃん」  もしもし、と綿貫が話し始めた。こっちまで鼓動が高鳴ってくる。二言三言交わした後、橋本にスマホが渡される。受け取る手は震えていた。 「高橋さん、ごめん。俺、ドッキリかいじめだと思って反射的に断っちゃった。俺なんかが告白されるわけないと心底信じているから、高橋さんの気持ちは全く考えていなかった。でもそれは失礼だって気付いたから、友達が気付かせてくれたから、謝りたくて。本当に、ごめん」  橋本は自己肯定感がある、と言っていたが今の言葉はどう聞いても自分を全否定している。いいところ、いっぱいあるのにな。まあモテるかどうかと言われたら、俺は言葉を濁すけど。  それからしばらくは相槌をうつだけだった。流石に会話の内容は聞こえない。ただ、見守ることしか出来ない。 「わかった。でも少し時間を頂戴。後でかけ直すから」  やがて橋本はスマホを耳から離した。俺達は身を乗り出す。 「ドッキリだった」  表情は無い。ミスターロボット。 「えっ」 「何て?」 「ドッキリだった」  全く同じ調子で繰り返した。ドッキリ。ドッキリだった。二人が俺を見る。視線って本当に痛いんだな。 「田中。お前、言ったよな。絶対にドッキリじゃない。信じてくれ。あの顔は失恋した人の顔だった。そう熱弁したよな」  抑揚の無さが恐ろしい。橋本がゆっくり近付いて来る。俺は後ずさる。今度はこっちが震える番だ。後ろでは綿貫が手を前に出したり引っ込めたり、機関車ごっこのような動きをしている。止めるかどうか迷っているのだろう。止めろ。迷うな。このままじゃ俺が殺される。 「ドッキリだったぞ」 追い詰められた俺は、教壇に躓いて尻餅をついた。ごめん、と必死で絞り出す。 「ごめん。ごめん橋本。違う、俺、そんなつもりじゃ」 「ドッキリだったぞ」  背中が壁にぶつかった。もう逃げ場はない。視界の隅では綿貫が両手を頬に当てていた。乙女か。橋本はしゃがみ込み、目線の高さを俺に合わせた。開いた口から見えた犬歯はいつもより長く鋭い気がした。俺の首に手が伸びる。やめてぇ、と叫ぶ声が裏返ってしまった。 「でも、本当に好きになったって言われた」  触れる直前で手が止まった。 「えっ」  橋本が立ち上がり、俺に手を差し伸べる。びっくりしたか、と弱い力で俺を引っ張った。 「どっちにだ。俺をびびらせたことと、惚れられたこと。どっちにびっくりすればいい」 「どっちにもびっくりして」 「おい橋本。どういうことだ。告白、本当だったのか」  向こうから役立たずが喚きながら駆け寄って来た。お前が俺のことを全然助けてくれなかったの、忘れないからな。 「ドッキリだった。でも好きになっちゃった。今の電話でそう言われた」 「お前、振ったんだろ。好きになられる要素がどこにあるんだ」 「ほとんど話したことが無い私の気持ちも、ちゃんと考えてくれる優しい人だってわかったから。だってさ」  三人仲良く首を捻る。 「確認するけどさ。お前、何て言って振ったの」 「こうだよ。話したことも無いような、よく知らない相手に告白するなんてよくない。それは君自身を傷付ける行為だ。君が俺に告白したのは、きっと勘違いからだ。だから俺は付き合わない。高橋さん。君は俺みたいな奴のことも見てくれている、とてもいい人だ。だから、俺が振るような形になってしまい本当に申し訳ない。でも自分を傷付けるのはもうやめた方がいい。君に憧れる俺だからこそ、余計にそう思う。いいかい。今日、ここでは、何も無かった。明日からはまた、クラスメイトとして過ごそう。こんな感じ」  必死で笑いを堪える。綿貫も下を向いて震えていた。 「ちょっとくさいか」 「いや自分で言うんかい。ちょっとどころじゃないやい」 「でもそこに、高橋さんは優しさを見出したんだろ。それで本当に橋本を好きになっちゃったと」 「いつもはこれで乗り切れたんだけどなぁ。こんなことになるとは」  俺の笑いが止まる。さっきと同じだ。また何かが引っかかった感覚。先程引っかかった言葉も思い出し、考える。されたことはまだ無い。いつもはこれで。 「つかぬことを訊くけどさ。お前何回も告白されたことがあったりしない?」 「あるよ。全部断ったけど」 「何人振った」 「入学してから今日で九人」  無言で羽交い絞めにする。綿貫が自分の指の骨を鳴らした。突然の事態に、何するんだよ、と橋本がもがく。だが可哀想なほど力が弱い。 「お前、お前、腹立つわあああ」  そう叫び綿貫は橋本の脇腹をくすぐった。弱点など熟知している。おひょぉう、と声をあげ身を捩るも俺が逃がさない。 「九人から告白されておいて、全部振るとは何様だ」 「それでいて、俺が告白されることは有り得ない、なんてよく言えたな」 「女子に縁の無い男の気持ちがお前にわかるか」 「お前は乙女達だけでなく、俺達の気持ちも裏切ったんだあああ」  俺達はくすぐった。ひたすらにくすぐり続けた。ロボットからモテ男にジョブチェンジしたクソ野郎は、いじりだって、とかさっきはドッキリだった、などと切れ切れに訴えたが耳を貸さなかった。橋本が警戒する気持ちも理解は出来る。でも俺達は、嘘ですら告白されたという機会を一度も与えられていない。告白するならこっちが能動的になればいい。だが告白されるには、相手が能動的に行動してくれなければならない。そして俺と綿貫を選んだ人は、一人もいない。こいつには九人が告白した。九回も告白された。まさに青春という場面を九回。九人。九回。九回だと。こっちはゼロだぞ。 「おしっこ、おしっこが漏れる」 「漏らせ。そうすりゃちょっとはモテなくなる」 「いや、本当、本当に。おしっこ」  舌打ちをして綿貫は手を止めた。俺は離さない。羽交い絞めのまま立ち尽くす。しかし、行かせてやれ、と綿貫が親指でトイレを指した。仕方ない。全く気は済んでいないが勘弁してやる。解放されたモテ男は、よろけながら本当にトイレへ向かった。脱出するための方便だと疑っていたのだが。 「いいなぁ」  見送った綿貫が、気の抜けた声で呟いた。 「田中は告白されたこと、ある?」 「無い。人生で一度も。お前は」 「無い」  寂しい二人。そう言えば、と思い立った。橋本が席を外したのはいい機会だ。 「綿貫。お前、高橋さんを好きだろ」  綿貫の挙動がまた不振になる。そんなに手足をばたつかせるんじゃない。 「何を言い出すんだよ。何で俺が、高橋さんを。何で。そんなわけないだろ」 「だって高橋さんの説明が凄い早口だったもん。再告白を俺が提案した時も、お前は乗り気じゃなかったし。電話番号も交換してるし。ごめんな、お前だけ犠牲になっちゃって」  俺の言葉に溜息をついた。思いっ切り項垂れる。むち打ちになりそう。 「しょうがない。こればっかりはどうしようもないよ。元気出せ」 「まあ、相手が橋本で良かったと思うことにする。嫉妬の炎に身は焦がすけど」 「どんまい。その内いいことあるって」  肩を叩く。そうだな、と力無く笑った。そこに橋本が戻って来た。綿貫がスマホを再び渡す。 「ほら、かけ直すって言ってただろ。早く電話してやれ」 「いや、帰ってからにする。高橋さんの番号だけ控えさせて」 「いいのか、結構時間が空いちゃうけど」  俺の言葉に、いいんだ、と頭を掻いた。スマホを渡した綿貫は、俺も便所、と教室を出て行った。 「田中も気付いていると思うけど、綿貫は高橋さんが好きなんだ。目の前でオッケーの返事なんて出来ないよ」 「お前もわかっていたのか。あと、しれっとオッケーするって言わないで。びっくりするから」 「うちのクラスメイトは綿貫の気持ち、皆察しているよ。脈が無いことも含めて。あいつあからさまなんだもん」 「高橋さんも察しているのか」 「うん」  こめかみを揉む。あまりにもいたたまれない。いつか綿貫が素晴らしい相手と巡り会うことを、心の底から願う。 「お待たせ。あぁすっきりした。電話は後でいいなら帰るか」  戻って来た親友は目元が赤かった。つくづくかける言葉が無い。おう、と短く応じる。そうしていつものように三人並んで歩き出した。 それから橋本は、俺達と帰る日が少なくなった。二人が並んで歩くのを見かける度に、綿貫は深い深い溜息をついた。気付かないふりをして、帰るぞ、と声をかけた。 あまりに見ていられないので、綿貫を連れて縁結びの神社を訪れた。とにかくこいつに縁を結んで下さい、と神様に強くお願いする。 「これで俺にも彼女ができるかなぁ」 「できるよ。きっといい人がさ」  そっか、とまた溜息をついたので、人生長いんだからと慰める。 「ほら、おみくじでも引こうぜ。開運みくじだってさ」  俺は小吉だった。綿貫は大凶だった。待ち人、来ず。と書かれている。 「縁結び神社でかける言葉か、これ」  いよいよ血の気が引けた綿貫に俺がかけられる言葉は、どんまい、しか無かった。  余談だが、橋本は私服がお洒落になった。
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