私は私を忘れて私になる

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どう躱そうかと考えあぐねていると、男が素早く私に近づき、耳元でささやいた。 「さっきの男が言っていた京華はメイドカフェの名前だな。他にもバーの舞、居酒屋の芽依、ガールズバーの千尋、そして今は高級クラブの朱音、だろ?」 男が並べる私の職歴と名前にとっさに体を引こうとするが、腕をがっちりと掴まれて動けなかった。 「なぜ…あなたがそんな事を知っているの!?」 私が忘れてしまった知らない私。 婚約者と名乗る素性の知れないこの男を警戒するには十分だった。 「婚約者だと言ったはずだ。突然消えた婚約者の行方を探すのは当然のことだろ。 もっと手こずるかと思ったが、お前はすぐに見つかったよ。 あれこれ職と名前を変えてた割にはな。 とりあえず、場所を変えるぞ。」 周りを通行する女の子たちは男の風貌と行動にキャアキャア騒いでいる。 整いすぎた男とその男に迫られてる格好の私は目立つようだった。 「…わかったわ。だから離して。」 観念したと思ったのか男の手は案外あっさり離された。
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