私は私を忘れて私になる

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男について行くと車に乗せられ、5分も走らず車が止まったのは一流ホテルのエントランス前。 さっさと車を降りると助手席のドアを開け、手を差し出してくる。 「どうぞ?」 紳士然とした笑顔を浮かべた男に、仕方なしと私は自分の手を重ねた。 降りた途端に腰を引き寄せられる。 「ちょっと!」 「婚約者のエスコートをして何か問題でも? …ここでは大人しくしていた方がいいぞ。」 声を荒らげようとする私を更に引き寄せ耳元で囁く。 場所も場所なだけに騒ぐことも憚られ、私は黙って男に従った。 ホテルに入り、男は慣れた風に歩く。 フロントを通りかかった時、私たちに気づいた従業員が驚いた顔をして「お帰りなさいませ」と頭を下げた。 男はそれに軽く手を上げ、何事もないようにエレベーターホールへと足を運んだ。 そこでようやく男から開放されれば、男はジャケットの内ポケットから、一枚のカードを取り出した。 それをエレベーターのボタンの横にある四角い突起にかざすと、消えていたエレベーターのランプが点灯し、扉が開いていく。 乗るように背中を支えてエスコートされ、私は足を踏み出した。 「俺専用のエレベーター。」 扉が閉まると、俺はそれまでの紳士然とした笑顔をやめ、ニヤリと言った。 私は男を一瞥し、エレベーターが到着するまで無言を決め込んだ。
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