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僕の父は家族に興味のない仕事人間だった。家には常におらず、たまに帰ってきたと思うとすぐに寝る。そして気が付いたら家にいない。もちろん、僕の入学式、卒業式といったイベントにも来ない。いつしか僕はそんな父のことを他人と考えるようになった。
父がそんな様子だったため、僕のそばには常に母がいてくれた。ずっと優しくそばで微笑んでくれる母が大好きだった。だから僕は母を捨てた父のことが大嫌いだった。
…この手帳のせいで嫌なことを思い出した。手帳を閉じようとしたところで、あるページが開いた。そこにはデカデカと誕生日!とだけ書いてあった。おそらくは子供の誕生日なのだろう。
「誕生日、か。」
そう呟くと同時にまた父のことを思い出した。
「いつも一緒に居てやれなくてごめんな。今日だけは何でも付き合ってやるぞ。」
ハッとした。そうだ。父はどんな時でも僕の誕生日にはそばに居てくれた。なぜ忘れていたんだろう。あれこそが父なりの愛情だったのではないか。そしてそれは今も続いている。僕の誕生日になると毎年父からのプレゼントが届いている。いつからか当たり前になっていたが愛情がなければできないことだろう。
…帰ったら開けてみようか。確か母が押し入れにしまってくれている。そして少しは連絡を取ってみようか。まさか、こんなところで出会った手帳に気付かされると思わなかった。
早く届けてやろう。そう思い、トイレの個室から出た。その時、ガタイのいい男とすれ違った。少し父を彷彿とさせるような男だった。
…ん?まずい。僕はとんでもない忘れ物をした。手帳に気を取られすぎた。頭で考えるより先に体が動いた。僕は全速力でトイレから離れた。
多くの人の声で賑わう中で一際大きな声が男子トイレから響いた。
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