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第1週目の月曜日
「ご飯を食べて、温かい布団で寝るんだよ」
昔、病院に入院していた婆ちゃんが良く俺に
言っていた。
これが出来れば何もしなくても幸せになれる
って。
その後、婆ちゃんは病院で死んでいった。
病院のご飯はあまり美味しくなくて、布団も冷たい。
婆ちゃんは幸せだったのだろうか。
俺は平凡なサラリーマン、幸月勝。
俺の会社は残業が多い。
世で言うブラック企業。
俺は就職に失敗した。
就活中、俺はとりあえずで志望会社を決める。
そこから悪かったのだが、その時はただひたすらに生きるのに必死。
そんな感じだったのだ。
特に志望理由もなく選んだことが仇に出た。
第一志望から第三志望の会社まで見事に落ちることになる。
(やらかした)
気づいた時には周りは内定の連絡をもらっていた頃。
焦って色んな会社に面接を受けに行って内定をもらえたのが今の会社だ。
焦って気付けるところも気付けなくなっていた。
そのおかげで今や立派な社畜だ。
最近食べたのは…。
そう考えて思考を止める。
最近食べたのって栄養補給食品と言われるものばかり。忙しい時はもっとひどい。
昔はあんなに自炊を楽しんでいたのにな。
もう自炊をする時間もない。時間を作ると仕事が舞い込んでくるのだ。
この頃は自炊をするのも諦めている。時間がない。
ばあちゃんの教えも、自炊の仕方も朧気にしか覚えていられなくなった頃。
あいつにあった。
その日はやけに肌寒い春先で。珍しく印象に残っていた。
(さぶっ)
年に一回あるかないか分からない終電での帰宅。
とりあえずコンビニ弁当でも買おう。そう考え俺はコンビニに向かった。
コンビニの前に高校生くらいのガキが寝ている。
はあっ!?寝てる?
そのガキは異常なくらいにボロボロで気絶するように眠っていた。
「おい、少年。こんなとこで寝んじゃね…。
風邪ひくぞ、起きろ」
ゆさゆさと数回揺するとそいつは起き上がる。白髪で碧眼。
整った顔に付く青い痣。
喧嘩したのか、親につけられたのか。原因によっては保護する必要がある。
俺も昔こんな感じだった。よく夜に外で寝たな。
そうふと思う。あの時、俺はどうやって保護されたっけか。
俺はばあちゃんに育てられたようなもんだ。両親は毎日のように俺に手をあげていた。
逃げられない暴力。心を蝕んでいく暴言に態度。
幼い俺には耐えられないようなことばかりだった。
冬の寒い夜。家を追い出された俺は体中に傷をこさえながら夜道を歩く。
薄いボロきれの長袖を着て歩いているところを保護された。
その時すごく安心したのを覚えている。
やっと終わるんだ。達成感もあった。
今まで耐えてきた時間が報われた気もする。
さっぱりとした気分で両親と別れた。
両親はどこかへ青い服を着た人たちに連れて行かれていたのは覚えている。
俺はばあちゃんとじいちゃんが保護してくれた。
じいちゃんは昭和の親父って感じだったが、母の自分の娘の失態から俺を甘やかす。
「助けられなくてすまなかった。気づけなくてすまなかった」
そうよく俺に言っていた。
ばあちゃんは和やかに笑って料理をだしてくれる。
温かいご飯は俺の心を解いてくれた。
あの料理をまた食べたい。そうふと思う。
ガキは俺を睨んでいる。
「なんだガキんちょ。綺麗な顔に傷つくってどうした」
俺はガキに聞く。ガキは頬を撫でてこちらの問いに答えた。
「親と喧嘩した。それだけだ。おっさんには関係ないだろ」
そう俺に言い、ガキはそっぽを向く。
ただ、その後腹の虫の鳴き声がどこだらか聞こえた。
俺ではない。と言うことは。
そう思い、横を見るとガキは顔を茹蛸のように赤くしてうずくまっていた。
「ははっ。腹減ってんのか。ガキ
お前くらいの歳のやつはしっかり食うほうがいい。飯は?」
ガキは不服そうに答える。
「今日一日何も食ってねぇ」
高校生の食欲はすごいハズなのだが、何も食っていないだと。
こいつよく耐えたな。
そう感心し、ガキに伝える。
「飯奢ってやるよ。今俺は手料理が食いたい気分だからそうだな…
家くるか?飯作ってやるよ」
ガキは首だけで肯定の返事をした。
んじゃ、材料買いに行くか。
そう言い、俺はスーパーに立ち寄る。
買い物をしながらガキに色々質問していく。
「ガキ、名前は?」
そいつはボソリと小さい声で答える。
「勿樹」
警戒心が思ったよりもあるのかもしれない。
いや、どちらかと言うとないのか…
俺についてきてんだから。
そう思った。
そこから重要な質問をする。
料理をする上で、1番重要なこと。
「アレルギーとか食べられないものはないか?
それと、ガキ。いや勿樹、お前の好きな食べ物はなんだ?」
この二つは俺がばあちゃんに教わった1番大切なこと。
アレルギーは健康のため。
命のための質問だ。
そして、好きな食べ物はそいつ自身の心のための質問。
そうばあちゃんは言っていた。
俺も昔聞かれた記憶がある。
「お前さんは食べられない食べ物はあるかい?
それと好きな食べ物」
俺に食べられない食べ物はない。
その代わりに、俺には好きな食べ物がなかった。
誰かの手料理なんて食べたことなかったから。
「わからない」そう言うとばあちゃんは確かこう言ったはず…
「好きな食い物なんていまから作っていけばいいのさ…
焦って決めなくていい。色々食え。
そして見つけろ」
そう言っていたばあちゃんの顔が思いつく。
ばあちゃんとの記憶を掘り起こしているうちに、勿樹は答えを出していた。
「アレルギーはない。長芋?は食べすぎたら腹を下す。
あと、好きな食いもんなんてねぇ…
食べられればなんでもいい」
そうそっけなく答える勿樹は、昔の俺に似ている。
ばあちゃんの気持ちがなんとなく分かった気がした。
「好きな食べ物はこれから見つけるといい。
見つかるまではいろんなものを食べろ。人生の先輩からのアドバイスだ」
そうあの頃のばあちゃんのように俺は答えた。
家に帰り着く。
家までの帰り道、勿樹とはいろんな話をした。
ばあちゃんの話だとか、俺の好きな料理だとか、勿樹の食べたことのある料理だとか話し始めると
止まらない。
気づいたら家に帰り着いていて、自然とばあちゃんに昔言われたあの言葉を口にしていた。
「手洗えよー。それと靴下脱いで足洗ってこい」
ばあちゃんは良く俺に「思春期のガキの足の匂いはえげつないからな…足だけは洗え」と言う。
俺からしてみれば、臭いなんて真正面から言ってほしくなかった。
でも臭いことは、自分でも分かっていたから手と一緒に洗う。
そんな思い出のある言葉を今、俺は勿樹に言った。
勿樹は「臭くねーし」なんて悪態付きながら、浴室に向かって行く。
その姿を見て、昔の俺もこうだったのだろうと思う。
あの頃は生意気だったな。
勿樹が足を洗っている間に調理器具を出す。
久しぶりに出した調理器具は埃をかぶっている。
洗うところから始めないといけない。
そう考え、器具を洗い始めた。
何ヶ月ぶりに触る包丁。
今日の献立は卵雑炊と冷しゃぶサラダ。
メインは卵雑炊。
ただ、それだけでは俺の腹の虫も勿樹の腹の虫も泣き止まないだろう。
そう考え、買ったものから考えて季節外れの冷しゃぶになった。
さっぱりしてるし、いいだろうそう考えて。
卵雑炊は米を炊くところから始めた。
炊飯器のメモリどおりに水を加えていく。
そして米が炊けるまでに他の家事をした。
勿樹はというと、ソワソワしながらもテレビを見ている。
気にしなくても大丈夫そうだ。
そう俺は判断して、家事をした。
まず、鍋にお湯を張る。
沸騰させて豚肉をしゃぶしゃぶした。
そして豚肉を取り出す。
豚肉はザルに揚げて水を切る。
そしてしゃぶしゃぶに使ったお湯で出汁を出す。
そこで炊飯器が鳴く。米が炊けた。
炊飯器から釜を取り出し、米をザルに上げる。
そして冷水で洗う。
これはばあちゃんに教わったのだが、米がぐちょぐちょになるのを防ぐためにやるらしい。
俺的にも、洗った方が米がしっかりしてて美味しいと思う。
まあ人それぞれだが…
そして洗った米を家事をしている間に出した出汁の中に入れる。
少し煮て、卵をサッと流す。
最後に数秒、蓋を閉めて出来上がりだ。
冷しゃぶサラダに使うレタスは、めんどくさいからちぎる。
普段のストレスを発散するようにちぎるのがオススメだ。
ただし、ちぎりすぎないこと。
そしてちぎったレタスをさらに盛り、豚肉を乗せた。
机の上には勿樹に頼んで並べてもらった皿がある。
そこに鍋とサラダの皿を置いた。
2人で手を合わせる。
俺と違って、勿樹はいただきますを知っているらしい。
2人で「いただきます」と言い食べ始めた。
誰かと食べる飯。
ばあちゃんが居なくなってから、一人で食っていた。
そんな日々を過ごしていたからだろうか。
久しぶりの感覚に「幸せだ」と思う。
何げない雑炊なのに、特別な料理に感じる。
昔食べた、ばあちゃんが作ってくれた雑炊のように。
またあの味に近づいたかもしれない。
そう思うと、ばあちゃんがもう居ないことを実感する。
あ…やべ、涙が。
涙をバレないように拭って黙って食べている勿樹の方を向く。
そこには泣きながらも、雑炊を食う勿樹の姿があった。
「何泣いてんだよ。勿樹」
そう聞くと、勿樹は涙ながらに答える。
「俺…初めて食った。こんな、こんなに幸せがこもった飯」
その言葉を聞いて、思い出す。
「飯一つで人間は十分幸せになれるんだ。疑問が湧いている顔をしてるな。その疑問に答えてやる。 『 』がこもってるからだよ」
ばあちゃんに言われた言葉。
ばあちゃんに料理をなぜするのか聞いたことがあった。
両親が料理をしているところなんて見たことない。
だからこそ、疑問になったのだ。
料理をする理由が。
そのとき、俺にこう答えた。
答えている時のばあちゃんの顔が今でも頭を離れない。
ばあちゃんは見たことないくらい、幸せそうに笑いながら自慢げに言っていた。
「『愛情』がこもっているからだ」
そう俺は勿樹に向かって無意識のうちに言う。
その言葉に勿樹は驚いたような顔をする。
「ぷ、あはははっ。だよなぁ…急にそんなこと言われたらそんな顔するよな。あー面白っ」
そう言って俺はゲラゲラと笑う。
勿樹はそんな俺を見て、「何笑ってんだよおっさん」なんて言う。
そんな昔、ばあちゃんとしたような会話をしながら飯を食った。
その後、勿樹を風呂に入れて俺は考える。
勿樹が上がった時にはもう決心がついていた。
「なぁ、勿樹。毎週日曜空いてるか?」
そう聞く。俺は気が向いたのだ。
昔のように、飯を誰かと食うのもいいのかもしれない。
すると、勿樹は意外な答えを出した。
「いいけど、部活で遅くなってもいい?」
は?こいつ部活してるのに一日何も食ってなかったのか?
いつもはどうしてるんだ?
そう疑問が頭を巡っている間に答えが出ていた。
「いつもは外で食ってんだけど、今日に限って母さんが金置いて行ってくれてなかったみたいで死んでたんだ。
助かった。金は渡すからまた食べたい。今度は母さんも連れてくる」
突然の饒舌に驚きながら俺は「おう…いいぞ?」と答える。
そして、勿樹は帰っていった。
ん?母さんを連れてくる?
やべ、俺やらかしたかもしれない。
来週までに他のレシピも掘り出さなきゃな…
勿樹くらいならまだしも、母親にあたる人に出す飯。
それよりも、勿樹がなぜ母親の料理を食う機会がなかったのか。
それを知らないといけないな。
することが多すぎる。
そう思いながら俺は扉を閉めた。
第一週目の月曜日 週幕
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