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二年次のクラス替え当初、ユウヤと口を聞いたこともない僕は、彼らに目をつけられたら、どうなるか分かったものではなく、ひたすら大人しくしていた。
当然近寄らないようにもしていたが、ある時そのグループがたむろしているトイレに入ってしまった。
そそくさと小用を済ませ、出ていこうとしたとき、ユウヤが声を掛けてきた。
「おう、自分な、ブンチンに似とるな」
そう言うと、にやけた顔をして、そのままトイレを出ていった。
それだけだった。
ブンチンとは書道で使う文鎮のことだと思って僕は良い意味で言われたものか、そうでないのか皆目見当がつかず、あっけに取られたまま、その背中を見送った。
テレビはあまり観ない生活だったためブンチンが、当時人気を博していた若手の上方落語家の桂文珍のことだと知ったのは、それから数か月あとだった。
たまたま勉強しながら聴いていた深夜のラジオ放送で、桂文珍がパーソナリティをしている番組が楽しくて、後で調べてみたら、ユウヤの言ったブンチンがこちらのことだったとすぐに分かった。確かに当時の僕は眼鏡を掛け短髪で、顎の形が桂文珍と非常によく似ていた。
その頃の僕はやはりクラスでいじめに遭ってはいたが、ユウヤらから手足を出されたことがなかった。そればかりか、例のトイレでの一件以降、廊下とかで出会うとユウヤが「文珍君、おはよ」と声を掛けてくるようになった。
学校側は彼らに手を焼いている様子だったが、そのようなこともあったので僕は彼らが友人のようには思えないにせよ、嫌いにはなれなかった。
僕にしたら、明らかに自分をいじめる側に立っていない、腕力のある彼のことが心強く思えた。
それで、いつか僕がいじめに遭っているときに居合わせたら、助けてくれそうな気さえしていた。
カトウは、ユウヤのためにここにいる全員で黙とうを捧げたい、と言った。
目を閉じると、ユウヤがいつも浮かべていた不敵な笑みを思い出した。
彼はいつも見るからに不機嫌そうに、眉間にしわを寄せ目を細めていたが、微かに口の片方の端を歪めていた。
ユウヤがもうこの世にいないことは衝撃だったが、この日初めて、僕は成人式に来てよかったと思った。
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