5章 初めての振る舞い  第3話 豚汁の思い出

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5章 初めての振る舞い  第3話 豚汁の思い出

 買い物を終えた雪隆(ゆきたか)は、家に帰り着くなりさっそく調理に取り掛かる。まずは買ってきたばかりの計量カップを洗う。 「計量カップはお持ちですか? あれへんのでしたら、100円均一のお店にもありますから。当店にもありますけど、少しお高いですからね」  スーパーの店員さんがそうこっそり教えてくれたので、雪隆はスーパーの中に併設されている100円均一ショップに向かい、調理器具コーナーに置いてあったそれを買った。  鍋を出す。使いやすいテフロン加工のものだ。それを火に掛けてサラダ油を垂らす。そこに豚肉を入れるとじゅうと音がして、雪隆は少しびっくりしてしまう。  もちろんそうなることは知っているのだが、慣れていないので驚いてしまったのだ。  木べらを使って炒めて行く。肉の色がしっかりと変わったら、軽量カップで量った水を入れ、冷凍の豚汁の具を入れた。  この作り方は、スーパーの店員さんが教えてくれた方法だ。豚肉は炒めてから煮ると、あくが出にくいのだと言う。出ないことは無いが、そう気にすることは無いらしい。  さて、お味噌である。雪隆は学校で習った通りに、昆布とかつお節から取るつもりでメモ用紙に書いていたのだが、店員さんがまた教えてくれた。 「今は粉末のお出汁もあるんですよ。お湯に溶かすだけなんです。でもそうですねぇ、お出汁入りのお味噌も、今はいろいろとあるんですよ」  そう言って店員さんが案内してくれたお味噌売り場には、確かに「だし入り」と書いてあるお味噌がいくつかあった。その中から店員さんが手にしたのは、ボトルに入ったものだった。 「これは液体のお味噌なんです。もちろんお出汁も入ってますよ。溶かんでええんで、とっても手軽に使えるんですよ。これなら余ってしもうても、例えばお椀に乾燥わかめを入れて湯をそそいで、この液体お味噌を入れたら、わかめのお味噌汁が出来ますよ」  また出てきた便利なものに、雪隆は「うわぁ」と声を上げる。 「すごいですね。家庭科の授業ではお出汁を取って、野菜を切ってお肉を切って、お味噌を溶いてって習いましたけど、こんな便利なもんがあるんですね」 「はい。授業ではお料理の基本を教えてくれるんで、こうした便利なものは使わへんと思いますよ。もしこれからもお料理をされるんでしたら、冷凍のお野菜などもありますから、売り場で見てみてください。包丁に慣れるまでは便利で手軽に使えると思いますよ」  雪隆は計量カップで液体味噌を量る。使った水に合った量だ。それを鍋に加えて、再沸騰したら豚汁の完成だ。火を止めておいて、父親が帰って来たら温め直そう。  そう思っていたら、慌ただしく大きな音を立てて家のドアが開いた。どたどたと足音をさせてキッチンに飛び込んで来たのは父親だった。 「お父さん、お帰り」 「あ、ああ、ただいま。お前、晩ごはん作ってくれるて」  父親は戸惑っている様だ。買い物から帰って来てすぐ、父親にSNSでメッセージを送っておいたのだ。  晩ご飯僕が作るから、買い物はせんで大丈夫やで。 「お父さんびっくりして、駅から走ってもたわ」 「はは。もうできてるで」  豚汁は火を消したばかりなのでまだ熱い。温め直す必要は無いだろう。それをお椀に注ぎ、茶碗に炊き立てのご飯を盛る。  豚汁を作る前に、米を仕掛けておいた。星野家では無洗米を使っている。水の量さえ間違わなければ、あとは炊飯器が美味しく炊いてくれるのだ。  それに白菜の浅漬けを添えた。これもスーパーの定員さんの案である。 「お米と豚汁だけやと、葉物のお野菜が少ないですねぇ。白菜のお漬物をご一緒にいかがですか?」  そうして奨めてくれたのは、プラスチック容器に入った、カットされた浅漬けだった。これは漬け汁を適当に切りながら、小鉢に入れるだけである。  そうして整えた食卓。白米と豚汁、白菜の浅漬け。包丁は使っていない。味付けも液体味噌に頼った。とても質素な献立だ。だがほかほかと湯気を上げ、芳しい香りを漂わせるそれは、とても食欲をそそった。  それを見た父親は、表情を輝かせた。 「すごいなぁ! ほんまに美味しそうやなぁ!」  父親はにこにこと嬉しそうに言う。雪隆は「そんな、大げさやで」と照れた。 「さ、冷めんうちに食べよ、お父さん」 「ああ、そうやな」  父親はスーツを着替えるのも惜しいと言う様に、ネクタイを緩めながらジャケットを脱いでいそいそとダイニングテーブルに掛ける。雪隆さんもその正面に座った。 「いただきます」  言いながらさっそく箸とお椀を手にし、ずずっと豚汁をすする。すると父親は泣き笑いの様な表情を浮かべた。 「美味しい、美味しいなぁ。ほんまに美味しいなぁ……! お父さん、こんな美味しい豚汁食べたの初めてやで……!」 「せやから大げさなんやって」  雪隆は苦笑して言いながら、嬉しくてたまらなかった。こんなにも父親が喜んでくれるなんて思わなかった。  どうにか豚汁はちゃんと作ることが出来た。決められた分量と火加減、時間で作ったのだから、失敗する方が難しいのではあるが。  野菜は冷凍なので、生のものとは食感が違う様に感じられる。だが液体味噌が本当に良い仕事をしてくれていた。豚肉や野菜を見事にまとめ上げてくれている。お出汁のふくよかさもしっかりとあって、我ながら美味しい豚汁に仕上がっていた。  父親はにこにこと「美味しい美味しい」と言いながら、あっという間に1杯目の豚汁を平らげてしまった。 「なぁ、お代わりあるやろか」 「1杯ずつあるで。お父さん、ご飯とお漬物も食べてや」 「ああ。ご飯もちゃんと炊けとるな。すごいな!」 「炊飯器のスイッチ入れただけやで」  雪隆は父親からお椀を受け取ると、お代わりを入れるために立ち上がる。そうしてお代わりを渡すと、今度はちゃんとご飯と浅漬けにも箸を付けた。 「今度、お父さんにも作り方を教えてや。いつもはお父さんの方が帰りが早いからな。今度はお父さんが作るわ」 「うん。スーパーの定員さんにいろいろ教えてもらってん。せやから僕でも作れてんで。あのね」  雪隆が冷凍の豚汁の具や出汁入り液体味噌の話をすると、父親は「へぇ!」と目を白黒させながら、楽しそうに雪隆の話に聞き入った。
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