13章 すてきなパパとママ  第1話 ママ候補、マッチング希望

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13章 すてきなパパとママ  第1話 ママ候補、マッチング希望

 満開になりそうな桜が、人々の心を和ませる。きっと多くの皆さんが、そろそろお花見の算段を始めるだろうか。  土曜日の19時ごろ訪れた浦島(うらしま)さんは、淡いベージュの膝下丈(ひざしたたけ)清楚(せいそ)なワンピース姿だった。すらりと伸びた素足を包んでいるのは品の良い白の低めのハイヒール。差し色に小振りなネイビーのバッグを肩から下げていた。 「こんばんはぁ」  浦島さんはお疲れ声で言うと空いている椅子に掛け、バッグと、防寒のためだろうか肩に掛けておられた暖かそうなクリーム色のストールをカウンタ下の棚に放り込んだ。 「いらっしゃいませ〜。今日もやったんですか?」 「いらっしゃいませ」 「そうなんですよ〜。さすがに慣れては来ましたけど、気ぃは使いますよね〜」  佳鳴と千隼に迎えられ、浦島さんはついといった様子で苦笑されると、上半身を支える様に両腕をカウンタ上で交差させた。 「ここに来るとほんまにほっとします。ジム・ビームのジンジャー割りください」 「かしこまりました」  佳鳴(かなる)はタンブラーに氷を詰め、ジム・ビームを入れ、ウィルキンソンのジンジャーエールを注いでマドラーで軽くステアし、浦島さんにお出しした。  ジムビームはアメリカのケンタッキー州で作られているバーボン・ウィスキーである。バニラを思わせるようなほのかな甘さが感じられる、華やかな一品である。 「お待たせしました」 「ありがとうございます」  浦島さんはさっそくジム・ビームのジンジャーエール割りをぐいとあおり「はぁ〜!」と盛大な溜め息を吐いた。 「疲れが抜けて行く気がする〜! 今日も頑張った!」 「お疲れさまでした。お料理もう少々お待ちくださいね」  今日のメインはかれいの煮付けである。木綿豆腐も一緒に煮込んで、彩りに出始めたばかりの空豆を散らした。  小鉢ひとつめは春菊のみぞれ和えだ。さっと茹でた春菊を、軽く酢を合わせた大根おろしで和え、削り節をふんわりと盛った。  春菊はそろそろ旬も終わりを迎えるのだが、だからこそ張りのある春菊を今のうちに食べていただきたい。  もうひとつは人参のごまマヨネーズ和え。太めの千切りにしてさっと茹でた人参を、すり白ごまとマヨネーズを混ぜたもので和えてある。  佳鳴と千隼(ちはや)はお料理を手早く整えて、浦島さんの前に静かに置いて行く。 「はい、お料理お待たせしました」 「ありがとうございます。いただきま〜す」  浦島さんはまずみそれ和えを口にし、「んん」と口元を綻ばせた。 「少しお酢が入ってますか? さっぱりしていて身体に優しいですね〜」 「はい、少し入れてますよ。元々大根おろしがさっぱりしてますから、それを手助けする程度ですね。締めると言いますか」 「へぇ〜。かつお節でお出汁も感じるから味わいもええんですね。美味しいですね〜」 「ありがとうございます」  浦島さんはにこにこと嬉しそうにみぞれ和えを口に運んで行く。そしてまたジム・ビームのジンジャーエール割りを飲まれた。 「今日はですね、凄っごい神経質そうな人でした」 「あら、でしたら難しいですかねぇ」 「はい。話してるだけで息が詰まるかと思いました」  浦島さんはとほほと残念そうに首を傾げる。 「かなり前のめりな人やったんですよ。もう仕事をどうするとかそういうのが全部その人の中で決まっとって、相手にもそれを求めて当然て思ってる感じでした」 「それは大変でしたね」  佳鳴もつい眦を下げてしまう。それはもうモラハラ突入案件では無いか。 「はい。それが草案(そうあん)で私とすり合わせしようって話ならともかく、あの人はそれがベストやて思ってるみたいやったんで、私には無理やなって思いました。あの人ではええ父親にはなれんと思います。子どもにも自分の考えを押し付けそうですから」 「そうですね。子どもは親の好きにしてええもんや無いですからね」 「ですよね〜。あ〜こんなに何度もお見合いしてるのに、なかなかええ出会いがありませんよ〜」  浦島さんはそう言ってうなだれた。なかなか難しい様だ。  浦島さんは結婚願望が強く、こうしてしょっちゅうお見合いをされているのである。今もお見合いの帰りなのだ。  正確には、浦島さんは大変な子ども好きで、ご自分の子どもが欲しいのだ。そのために良い父親になれそうな男性との結婚を望んでいるのである。  子ども好きが高じて、浦島さんのご職業は保育士である。 「最近マッチングアプリとかありますよね〜。あれってどうなんでしょう」 「今はマッチングアプリで出会ってご結婚される方も多いみたいですね。もう常識みたいですよ」 「僕の友だちも登録してますよ。結婚はまだ考えられへんけど彼女が欲しいって言って」  千隼の言葉に、浦島さんは興味深げに身を乗り出す。 「それで出会いはあったんですか?」 「あったみたいですよ。ああいうんは趣味とか好きなもんとかをあらかじめ登録してますからね、合う人がおったら話が早いみたいです」 「そうなんですか。う〜ん、ちゃんとした人や無かったら怖いと思ってるんですけど、じゃあそのお友だちは大丈夫やったんですね」 「やと思いますよ。友だちの場合は結婚目的や無かったですから余計に。マッチングアプリって女性は無料のところが多いみたいですけど男性は有料なんで、真剣な人が多いみたいですね。運営もきっちりしとって、登録する時には身元の証明書が必要やったり、おかしな人は強制退会になったりするらしいですよ」  千隼の説明に浦島さんは「へぇ〜」と感心した様な声をもらす。 「それなら確かに安心かも。私それが怖ぁて親戚にセッティングをお願いしてるんですよ〜。そういうお世話をしてくれるおばちゃんがいて。それやったらまずは身元だけはしっかりしてるでしょ。私って保守的なんかな」  浦島さんは渋い顔をして首をひねる。千隼は「まぁまぁ」と苦笑を浮かべた。 「自分を守るという意味では正しいと思いますよ。でもそういう警戒感が無くなったら登録してみてもええかも知れませんね。趣味とかはともかくとして、人となりなんかや相性は会ってみんとって言うんはお見合いもアプリも同じでしょうし」 「そうですね。ちょっと評判とか調べてみます。ええところも悪いところも見てみんと。第一条件は子どもですけど、私との相性も大事ですよね。今日もそれが難しそうやったからお断りになっちゃったんですし」 「そうですね。一緒に生活するんですから大事ですよ。私の友だちにもそれが合わへんで結婚が延期、あれ延期って言っても良いのかな、になった子がおりますよ」  佳鳴はついしみじみと言ってしまう。友人の内山聡美(うちやまさとみ)のことである。(8章) 「そうなんですね。じゃあやっぱり慎重に行かんと」 「焦りは禁物やと思いますよ。妥協もできるもんとできないもんがあるでしょうから」 「そうですね。がんばります!」  佳鳴の言葉に、浦島さんは気合いを入れる様に拳を握った。  翌週訪れた浦島さんは「マッチングアプリに登録してみました〜」とやや興奮した面持ちで言った。行動がお早い。佳鳴は目を丸くしつつ笑顔でお応えする。 「そうなんですね。じゃあこれからが楽しみですね」 「緊張します〜。ええ出会いがあって欲しいです〜」  浦島さんはそうおっしゃって、いつもの様にジム・ビームのジンジャーエール割りを注文された。
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