16章 残された小さな欲望  第3話 小さな子へのごちそう

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16章 残された小さな欲望  第3話 小さな子へのごちそう

 数日後、訪れた三浦(みうら)さんに柳田(やなぎだ)さんがされたお話をすると、三浦さんはワイングラスを片手に目をぱちくりさせた。 「え? その占い師の方が視てくれはったんですか? え? 占い師さんってそんなことまでできるんですか?」 「判らへんのですけど、そのお客さまにはできたみたいです」 「はぁ〜、凄いんですねぇ」  三浦さんは感心した様なお声を上げる。 「そうですか。男の子ってことは、入院は小児病棟やったんでしょうけどICUは共通なんで、もしかしたら最後はそこで迎えたんかも知れませんね。それで美味しいものが食べたいって暴れてると」 「はい。視てくださった占い師のお客さまはそうおっしゃってましたよ」 「美味しいもん、美味しいもん、う〜ん」  三浦さんは腕を組んで(うな)ってしまう。 「美味しいもんかぁ〜。私は料理あんまりできひんし、実家に頼むんも悪いし、コンビニとか、あ、デパ地下とかで選べばええんかな」  どうやら三浦さんはご自分でご用意するのは難しい様だ。佳鳴(かなる)千隼(ちはや)は顔を見合わせ頷き合う。 「三浦さん、よろしければ私らでお作りしましょうか?」 「定休日の月曜日になってまいますけど、それでもよろしければ」  三浦さんは「ええっ?」と驚くと、慌てた様にぶんぶんと手と首を振る。 「と、とんでも無いです! せっかくのお休みの日に、いえお休みでなくてもお願いできませんよ!」  佳鳴は「いえいえ」と穏やかな表情を崩さない。 「大丈夫ですよ。それにこれは、その占い師の方流に言えば、ご縁なんやと思うんです」 「縁、ですか?」  三浦さんはきょとんと目を丸くされる。佳鳴はできる限り冷静に、柳田さんのお話も含めて伝わる様に心掛ける。 「はい。三浦さんが私らにご相談くださって、私らがそのお話を占い師さんにお伝えした。その方はそれをご縁やとおっしゃって、視てくれはったんです。やので私らもその一部なんや無いかなって。なら私らは私らができることをさせていただこうかと。占い師さんは原因を視る、私らはそのお助けになるお料理を作る、そして三浦さん方がご供養をする」 「供養。そうですね。病院では生まれることも亡くならはることも日常茶飯事で、そういう大切なことを忘れがちになってしもてるのかも知れません。もちろんその時その時にはおめでたいとも悲しいとも思います。でも業務に埋もれて流れて行ってまうんですよね。仕事柄どうしても引きずることはできません。患者さんは大勢いてはりますから。でももう少し心に留めるんも必要なんかも知れませんね」 「そうですね。ご多忙で難しいかも知れませんが、亡くならはった方を(いた)むお気持ちは大事なんでしょうね」 「はい。心掛けようと思います」  三浦さんは神妙な表情で大きく頷いた。  善は急げと次の定休日の午前中、佳鳴と千隼は三浦さんの病院にお持ちするお料理を作る。小さな男の子が喜びそうなメニューと言えば。ベタではあるのだが。 「じゃ、作ろうか」 「おう」  買い物は昨日の「煮物屋さん」の買い出しの時に一緒にしておいた。これが佳鳴と千隼のお昼ごはんにもなる。  まず千隼は玉ねぎをスライスする。牛肉は細切れしなのでそのまま使う。火に掛けた鍋にオリーブオイルを引いて玉ねぎを入れて、少量の塩を振ってしんなりするまで炒め、牛肉を追加してさらに炒めて行く。  牛肉の色が変わったら水を入れて煮込んで行く。あくが出て来たら丁寧に取り除き、さらに煮込んで行く。  その横で佳鳴は玉ねぎをみじん切りにする。パン粉を小さな器に入れ、牛乳を入れて湿らせておく。卵も割って解しておく。  ボウルに合挽き肉とナツメグを入れ、手でよく練って行く。白っぽくふんわりもったりとして来たら溶き卵を入れてまた混ぜ、玉ねぎとパン粉、塩胡椒を入れたらざくざくと混ぜて行く。  それを小判に形作り、オリーブオイルを引いたフライパンで中火で焼いて行く。これは2、3分ほど経ったらひっくり返し、焼き目を付けたら弱火に落として、蓋をして蒸し焼きにする。  千隼も作業を進めて行く。玉ねぎを角切りにし、マッシュルームはスライス、鳥もも肉も小さめの角切りにしておく。  そのタイミングで玉ねぎと牛肉を煮ている鍋の火を止め、カレールーを入れて溶かしたらまた火を付けて煮込んで行く。  さて、新しいフライパンを用意する。オリーブオイルとバターを引いたらまずはみじん切りの玉ねぎを炒める。透き通って来たら鶏肉を加えて、色が変わるまでしっかりと炒め、マッシュルームを入れてオイルが回る様にさっと炒める。  そこにケチャップと少量のウスターソースを入れて、余分な水分を飛ばす様に炒めて行く。そこに白いご飯を入れる。炊きたてでは無く、あらかじめ炊いて一度冷凍し、解凍して温めたものだ。  全体にしっかりと混ぜ合わせ、塩と胡椒で味を整えたらチキンライスができ上がる。  そのフライパンは一旦コンロから上げておき、佳鳴が新たなフライパンを出す。オリーブオイルとバターを引いて、塩と少量の牛乳で調味した卵液を流し入れる。  しっかり目に火が通ったらチキンライスを乗せ、フライパンを動かしながらターナーも使い巻いて行く。オムライスの完成である。  それを、「煮物屋さん」で持ち帰り様に使っている、深みのある使い捨て容器に入れる。  煮込んでいる鍋に湯通しした冷凍のグリンピースを入れてさっと混ぜたら、カレーソースが出来上がる。  蒸し焼きにしていたものももう出来上がり。念のために串を刺すと透明の肉汁が上がって来た。ハンバーグの完成だ。  ハンバーグをオムライスに添える。そして空いたところにカレーソースをとろりと掛けた。 「小っちゃい子が大好きな御三家やな!」  千隼も少しばかり興奮している様だ。 「ほんまにベタやけどねぇ」 「それがええんやって。俺らが小さい時も、父さん良う作ってくれたやろ」 「そうやったね。てことはそれが好きで、それやったらたくさん食べたってことなんやろうしねぇ」 「じゃあ粗熱取ってる間に俺らも飯にしようや」 「そうやね。オムライスの卵はオムレツ乗っけるのでええよね? 持って行くのは小ちゃな子が喜びそうな巻き方にしたけど」 「充分充分。あっちは持って行くから卵固めにしたけど、オムレツはふわとろで頼むわ」 「了解。お弁当で半熟やと食中毒とか怖いしね〜」  佳鳴がフライパンにオリーブオイルとバターを落とす(かたわ)ら、千隼が大きめな白いプレートにチキンライスを盛りハンバーグを添えた。 「て言うかさ、俺はまだ幽霊とか信じきれてへんけどな」  そう言う千隼に、佳鳴は「でもさぁ」と笑う。 「そう言いながらも、こうして大切な常連さんのために定休日を使ってくれるんやもん。私はええ弟を持ったで」  千隼は照れた様に「うっせ」と言い放った。
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