スプーン2杯の甘さ(前日譚)

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スプーン2杯の甘さ(前日譚)

 (えん)()なもの(あじ)なもの、と言うけれど、僕と()()()も最初は波長が合わなかった。  僕らはともに大学で美術を学んでいる。どちらも象徴主義に重きを置き、様々な文献や資料で勉強しながら、内界にある個人なりの神話を(えが)くことが好きだった。  技術力で言えば、双方が同じレベルだと思っている。だが、絵画の公募展における結果は天と地ほどの差があった。美乃梨は幾度も表彰され、僕は一度も認められない。屈辱に似た感情が先に立ち、彼女の気弱さを罵ったこともあったし、いじめっ子みたいな態度で接した日も多かった。  波長が合わなかったと言ったが、おそらくは僕が一方的に劣等感を(いだ)いていたんだろう。同じ年に生まれ、同じように学んでいるのに、彼女は常に僕の上にあり、僕は彼女の下にある。  芸術で勝負しようと生きてきた人間にとっては、人に認めてもらえないことが他の何よりもつらいものだ。しかも目の前に高い壁として(そび)え立つ美乃梨の存在は、忌み嫌うほど憎らしいものだった。  ところがある日、潮目が変わった。  本当に偶然に、町外れにある丘で、街を照らす満月を()(がき)している彼女を見つけたのだ。そのとき僕は、友人宅で(したた)か酔っ払い、足取りもおぼつかず、絵に対しての意欲など忘れ果てていた。  青白い光を浴びながら熱心に(しゃ)(せい)(ちょう)に向かう彼女は、僕が()きたい神話の女神そのもので、()()れると言うよりも、美しすぎて笑ってしまった。  僕の内にある劣等感や嫉妬心が、彼女の努力とは真逆にあると悟り、素直にこいつには勝てないと思った。(くら)い思いは筆に宿る。それは色となり、評価に影を落とすのだろう。
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