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そう思った瞬間、僕は美乃梨に声をかけていた。
「いいな。とてもいい月だ。さすが美乃梨と言うぐらい、よく描けてる」
すると彼女は顔を顰め、白けた目でこちらを見た。
「アル中になったら筆を持つ手が震えるよ。あんまり深酒しちゃだめ。それに、すごく息が臭いよ」
気弱な女なのに、時として強い言葉を使う。思い返せば面白いやつだったかも知れないと可笑しくなり、ふと胸に湧いた掻痒い科白を彩色して言った。
「僕に絵を教えてほしい。個人的な感情も込みで、個人レッスンしてくれないか」
まだ消えない劣等感が、素直な「好き」を言わせなかった。単に肉体関係を結びたいだけの下衆な男と見られても仕方ない。しかし美乃梨は、何だか安堵したように微笑み、手に持っていた鉛筆と写生帖を僕の目の前に差し出してきた。
「個人レッスンの条件。あなたなら、この月に何を描く? アルテミス、それともカリストー? セレーネ、またはエンデュミオン? あなたの内側にあるものを描いてみてよ」
僕はそれらを受け取りながら、一つだけ訊ねた。
「お気に召したら、OKってことでいいのか」
返事は短いものだった。
「最初に合格点を教えるテストはないと思うよ」
ごもっともだ。こちらとしても受賞歴の多い彼女から安易に合格をもらえるとは思っていない。
「正論だな。だったら、本当に内側にあるものを描くよ。僕の中は今、これしかない」
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