スプーン2杯の甘さ(前日譚)

3/3
22人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 そう言ってさらさらと、下描きをなぞるような速さでうさぎを描いた。美乃梨が浮かび上がらせた月の中央にそれを、その周りにはハートマークを、象徴主義とは程遠いポップなタッチで(えが)き出す。 「わあ、かわいい」  うれしそうに笑う彼女と、 「当然だ」  誇らしく胸を張った僕。  美乃梨は食い入るようにうさぎを見つめ、言った。 「随分と()き慣れてるね。このうさぎ、キャラとして売れるんじゃない?」  僕もうれしくなり、つい、本音を出してしまう。 「子どもの頃から()いてるから。これが僕の原点なんだ。次第にリアルなうさぎを()くようになって、気づいたら神話に手を出してた。食っていけるなら、うさぎだけ()いていたいぐらいだよ」  どれだけ月にうさぎを浮かべてきただろう。うさぎが月に棲んでいると、未だに信じている僕は愚かだろうか。  世界が月光によって深海色に染まるとき、きっと地上の至るところでうさぎが顔を出している。長い耳を立てながら、恋の話を盗み聞くように。  僕は彼女に言った。 「コーヒー飲みに行かない?」  美乃梨は写生帖を胸に抱えて頷く。 「とりあえず、OK」  そしてここから、僕らの物語が始まった──。                                      (了)
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!