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彼の気持ち
この2週間、時間があるときは必ず彼の病室を訪れた、誰に言われたわけでもなく、自分でも気が付かない間に彼の病室へ向かっていた。
いつ訪れても彼は明るく無邪気に喋る。
快活なところは普通の大学生と何ら変わりなかった。
看護師たちの噂話を聞いて勝手に寂しがってると思ったのは、自分の思い過ごしだったのかもしれない。
母もなく兄弟もいなければ誰も来なくて当然で、父親とて仕事が忙しければ、大学生の息子の見舞いにこれなくとも何ら不思議はないのかもしれない……
そのころ日に2回の出動要請が2日続き、早朝帰宅した私は帰るとそのままベッドに沈むように眠って休日を過ごした。
一ノ瀬 一聖のところへは3日訪れていない……
休み明け久しぶりに部屋を訪れた、ドアをノックするが返事はなかった、寝ているのだろうとそっとドアを開けて部屋に入ると思った通りベッドに寝ていた。
近づいて顔だけ見て帰ろうと布団をめくる……
一ノ瀬 一聖は寝ていたわけではなかった、目が合った彼は……
「先生もう来ないのかと思った……」
「待ってたのか?」
「うん……」
「仕事が立て込んでたんだ……」
ごめんと言いそうになって辞めた、私は担当医でもなく彼のもとへ来るのは単なる個人の感情だ……病室を訪れる自分をどう説明すればいいのか自分自身分かっていない。
彼が私を待つようになったのも、毎日病室に来た自分のせいだと思うと、そんな期待を持たせてしまったことに罪悪感すら感じてしまう。
来れなかった理由を彼にわかってもらおうとする自分を止めた。
「先生、俺これまで誰かを待ったことなかったんだ、いつも一人で平気だったし、どうせ誰もそばにいないし……でも、先生が来てくれて……それがすごく嬉しくて……だから……先生が来るのを待つようになって……ごめん」
そう言って謝る彼を愛おしいと思う自分がいた。
側へ行って起き上がった彼の顔を胸に抱きしめた……彼は両手を私の背中に回した。
彼の頭を撫でながら「また来る……何か食べたいものはないか?」
「ハンバーガー食べたい」
「わかった昼休みに買ってくる、出動要請があったら諦めろ」
「うん、ヘリの音がしたら諦めるよ」
「そうだな、でも必ず来るから待ってろ」
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