すべてなかったことにして

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 私とミケと有紗ちゃんは、学部は違うものの、よく3人でつるむほど仲良しになった。ミケは三ケ田和也というからミケだ。三毛猫のように猫っ毛で、女みたいにかわいらしい顔立ちをしているが、男子1人に女子2人って居心地悪くないの?と聞いたら、「少なくとも城崎のことは女として見てないからどうってことない」と腹立つことを言われた。  二年生になると後輩もできて、批評をお願いされる立場になる。後輩が書いた作品を見て、ここの払いがあーだとかここの止めがこーだとか、言えるような実績もまだ獲れてないのに一丁前に指導しなければならない。そんな私の様子を早瀬先生は微笑ましく見てきて、それがなんだかむずがゆかった。ミケは毎回たどたどしい私の批評を真剣な眼差しで盗み聞きしていた。  ある日、早瀬先生が北海道出張に行ったお土産として、六花亭のバターサンドを買って来てくれた。私はレーズンはあまり好きではなかったけれど、初めて食べるそれはあまりにも美味しくて感動して、いや、もしかしたら私はレーズンを克服したのかもしれない、と思わせるほどだった。至福の表情の私を見て、早瀬先生は私にだけもう一つバターサンドをくれた。 「そんなに美味しかったなら、一個だけ余ったから城崎さんにあげる」  この胸の高鳴りをどうしてくれよう。そんなことをされたら、私にとっての今日がレーズンを克服した日じゃなくて、先生に特別扱いされた記念日になってしまう。嬉しい思いを露わにしないようにニヤけそうな口元を抑えて、「ありがとうございます」と言った。でも、そんな私たちを見て、ミケが「え~ずるい」と言いながら私のバターサンドを横取りしてきたから、私は怒ってすぐそばにあった自分の作品の失敗作を丸めて投げつけた。 「返してよ!」 「やだね、俺だってバターサンド好きだし」 「かず」  すっとした早瀬先生の声がミケを制止した。自分たちがミケと呼んでいる人間を“かず”と呼ばれると、一瞬誰のことかわからなくなる。 「返してあげて。僕が城崎さんにあげたやつだから」  言われたミケはちょっとだけ口を尖らせて、拗ねたようにバターサンドを私に投げ返した。有紗ちゃんはそんな私たちをハラハラした様子で見ていた。
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