すべてなかったことにして

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 部活での3人はぎこちなかった。もともと書道なんてほとんど個人作業だから、はたから見ればぎこちなさなんてわかりづらいが、それでも部活内のメンバーは早瀬先生も後輩たちですら、仲良し3人組の空気の変化に気づいているようだった。  1月中旬、5月に行われる席上揮毫大会の詳細が発表された。席上揮毫大会は、大会当日に課題が渡されて、制限時間内にそれぞれが得意とする書体で課題を書き上げる。今まで小さな展覧会で賞を獲ってきたことはあっても、こういう大会で未だ賞を獲ったことない私は本気だった。なぜなら。 「今2年生の子たちは、5月の席上揮毫大会が最後の大会になる。悔いのないように頑張ってね」  4月で3年生になる私たちは受験期に入るため、5月の大会をもって卒部する。賞を獲れる大きな大会はこれが最後だ。  この席上揮毫大会は採点方法が面白い仕組みになっている。書道はほとんどが個人戦だが、この大会には団体賞がある。それぞれの作品には作品賞、優秀賞、最優秀賞、特別賞があり、作品賞は比較的獲れやすい。去年の私も作品賞だった。団体賞は、その学校ごとに獲れた賞の数だけポイントが加わる加点式だ。作品賞は1ポイント、優秀賞は3ポイント、最優秀賞は10ポイント、特別賞は5ポイント。つまり、個人で獲れた賞がそのままチームのものとなり、団体賞に響くわけだ。  だから後輩たちは遠慮なしに私たちに批評を求めてきたし、私たちも遠慮なくダメ出しをした。その分私たちは早瀬先生にダメ出しをされ、書いては批評され、書き直し、またダメ出しされて自信を失う。席上揮毫大会が近づくと、当日の課題がわからない分、とにかく臨書と創作を交互に書き続けなければならない。大きなストレスがかかるため、女の先輩たちは生理が遅れたこともあるらしい。  3月の終わりごろ、私はミケに呼び出された。大会のことで話がある、と言われたけど、私はそうではないと分かっていた。有紗ちゃんのことを考えながら、ミケについていった。  校舎の裏側で、深刻そうな面持ちでミケは「どうしよう」とだけ呟いた。 「なにが」 「俺ら、今すげえ不穏じゃん。お前はどう思ってるか知らないけど」  ムカついた。ミケの様子が、有紗ちゃんの恋心を軽く見ているようにしか見えなかった。 「俺、獲りたいんだよ団体賞。だからこのままの雰囲気で大会に臨みたくない」 「そんなの私だってそうだよ」 「じゃあどうすればいい。有紗はいいやつだって知ってるけど、俺には、」 「ほかに好きな奴がいるんでしょ?」 「…でもお前も、早瀬先生が好きなんだろ」  頷いた。隠したってしょうがない。私もほかに好きな人がいる。だからほかに好きな人がいる状態で、別の子と付き合うことができないミケの気持ちもよくわかるのだ。ミケはムカつくやつだけど、責めることはできない。 「私は卒部するまで早瀬先生に告白はしない。本当は有紗ちゃんもそうするべきだったと思う。でも言ってしまったものは仕方ないから、有紗ちゃんにも私にも今まで通り接して。粘り強く。ミケも、卒部するまではその気持ち隠し通して」  もうすでに知っているけれど、せめて修復ができないなら見せかけだけでも仲良かったころに戻らなければ。ミケは猫みたいに大きく目を見開いて、すぐに閉じた。少しだけ黙考して、覚悟を決めたかのように「わかった」と静かに返事した。
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