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――も、もしそうなら……ここを脱出すれば、自力で帰れるかも。な、なんとかこのビニールテープを外さなくちゃ。あ、足の方だけでも、早く……!
自分を監禁した犯人がいるはず。そいつが戻ってくるより前に、と手足をばたつかせようとした、その時だった。
「ニャァ……」
「!」
心臓が、跳ね上がった。耳覚えのある鳴き声。ぎょっとして顔を上げれば、便座の上に白い猫が座っているではないか。
――え、え?いつの間に……?
金色の目、耳からしっぽまで真っ白な毛並みのとても美しい猫だった。こんな場所に、あまりにも似つかわしくない。いつの間にそこにいたのだろう――猫は嫌いではないが、少しだけ怖くなった。自分が見落としていただけかもしれないか、さっき周囲を見回した時には風呂にもトイレにも見当たらなかったはずである。便座の方も、ついさっき視線を向けたばかり。そして、風呂場のドアはぴっちりと閉まったまま。開く音なんてしなかったのに。
どこから入ったのか。
それとも便座の影にでも隠れていて、じっと息を潜めていたのか。
普段なら癒やされるはずの猫の視線が、今は不気味で仕方ない。彼、もしくは彼女は、浴槽の中で縛られている見知らぬ女をどう思っているのだろう。人懐っこく寄ってくることもなければ、威嚇してくる気配もない。ただじいっと、こちらを見つめるばかりだ。
「ひっ」
ごとん、と。風呂の外から、音がした。何かが落ちた音――否、足音、だ。
――だ、誰かいるんだ……外に。
風呂場に自分しかいないから、犯人はひょっとして外出中なのかと思っていた。否、そう思いたかったわけだが、完全にそれは甘い考えだったようだ。
ごとん、とも。ぱたん、ともつかない音が近づいてくる。近づけば近づくほど、それは明確な足音に変わってくる。
誰かが風呂場に、入ってこようとしている。
誰か。決まっている、自分を監禁している犯人だ。
――や、やだ。
どんな人間なのか。ろくでもない相手に違いなかった。自分は小柄な方ではあるが、それでも成人した女であるし、拉致してくるのはそれなりの手間がかかるはずである。
きっと、大人の男。
それも夜に女を攫って監禁してくるような変質者に決まっている。大柄で力が強いマッチョかもしれない。もしくはぶくぶくに太った、生理的に受け付けないタイプの中年男か。
今はまだ、佳澄もコートを着たままの服装だが。相手次第ではすぐにびりびりに衣服を破かれて、全裸にされることも考えられるだろう。性的なことを要求されるかもしれない。レイプくらいは、覚悟しておかなければならないか。
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