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――落ち着いて、落ち着くのよ私。……相手がそっち目的なら、満足させてれば暴力はふるわれないかもしれない。……命あっての物種だもの。なんとしてでも、機嫌を損ねないようにしなきゃ。
身代金目的の要求だったら、恋人にも迷惑がかかるかもしれない。家だってあまり裕福ではないから、結構困ったことになるだろう。なんにせよ、うまく犯人に取り入らなければ――そんなことを考えている間に、がちゃり、と風呂場のドアが開いていた。
便座に座っていた猫が、そちらを向く。
その猫を抱き上げたのは――想像していたよりもずっと細い腕だった。
――え?
現れたのは、あまりにも意外な人物。
赤いジャージのような服を着て長い髪を後ろに束ねた――若く美しい、一人の女だったからである。
「目、覚ましたのね」
彼女はニッコリと微笑んで、言った。女性の年齢は分かりづらいものだが、見たところ佳澄と同年代か、少しばかり年上であるように見えた。
――貴女が、あたしを攫ったの?どうして?
尋ねようとしたところで、口を塞がれていることを思い出す。声は、むむむむむむむ、という音にしかならなかった。女が相手ならば、レイプ目的ではないのだろうか。いや、確実にそうだとは言い切れない。世の中にはそういう趣味の女だってきっといるのだろうから。
怖いのは、怨恨目的だった場合だが――。
「ああ、ごめんなさいね。騒がれたら困るから、ガムテープは外してあげられないの。……でも足の方はちょっとなんとかした方がいいかも。その状態だと目的が達成できないし」
「ううう、あううううっ!?」
「どうして自分が攫われたか、知りたいわよね。でも、ごめんなさい。私もうまく説明できないの。貴女には結構オセワになったし、これからもそうしようかなぁなって思ってもいたんだけど。でもやっぱりほら、欲しいものはきちんと手に入れたいじゃない?貴女がいると、それがとっても難しいものだから。きちんと処分しておくのが、私の未来のためにはいいかなって思ったわけ」
――さ、さっぱり意味がわかんない!
何言っているのだろう、この女は。まったく台詞に具体性がない。
どうやら自分が邪魔だったから、ということらしいが。それが何に対して、なのかもまったくの不明だ。
恋人が絡むことなのか、それとも仕事のことなのか。あるいは、自分も知らない逆恨みでもあるのか。
「んんんん、うううう、うううっ!」
せめて、このガムテープだけでも外してほしい。ひょっとしたら何か誤解しているのかもしれないし説得が通じる余地があるならそうしたい。
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