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少なくとも、佳澄自身にはこんな目に遭わされるほど誰かに恨まれるような心当たりなんてものはないのだ。逆恨みだったら対処の仕様もないが、現状なら人違いということも十分に考えられる。少なくとも、自分はこの女性の顔に見覚えなんてないのだから。
「静かにしていて頂戴ね。ガムテープで駄目なら、貴女の喉を先に潰さなければならなくなるわ」
「――っ!」
「ね、それは嫌でしょう?」
どうやら、叶わぬ望みであったらしい。ポケットから取り出した銀色のナイフをピタリと首筋に当てられて、背筋が凍りつくような思いがした。
この女は、本気なのか。本気で自分を殺す気だというのか、それとも。
「首を斬ったら、血がいっぱい出てしまうものね。だから、ちょっと静かにしてて。私は確かめたいことがあるだけなの」
彼女はそう言うと、よいしょ、と浴槽の中に入ってきた。
水が入っていないので濡れる心配はない。ただ、狭い浴槽に大人の女性二人はなかなか狭かった。向かい合って座るだけでもぎゅうぎゅうだ。
何をする気なのかと思ったら、彼女は佳澄の足のビニールテープを剥がし始めた。開放してくれるつもりではなく、拘束方法を変えたかっただけであるらしい。浴槽の両側の壁に、べたべたとガムテープを貼り付ける形で佳澄の足を固定しにかかる。あっという間に、佳澄は蛙のように無様に足を開いて座ったまま動けなくなってしまった。
テープの粘着力なんて大したことないと思っていたが、体が全然思うように動かない。変な体制でずっと座らされていて凝り固まってしまったからなのか、それとも薬でも盛られたのか。
「ねえ、貴女。……名前、確か安西佳澄さん、だったわよね?」
「!」
こいつ、自分の名前を知っているのか。ぎょっとする佳澄に、女は続ける。
「恋人は、露木遥君。とってもイケメンな大学生。二人は恋人同士で……つい最近も、露木君のベッドで熱く愛し合ったばかりよね?」
にたり、と嫌らしい笑みを浮かべる女。つつつ、とスカートの下腹部をなぞられて羞恥心が募る。
確かに自分と彼は恋人同士だし、彼の部屋で夜を共にすることは少なくない。しかし、この様子だとまるで覗き見でもしていたかのようではないか。
ひょっとしてこの女は、本当にアパートの隣人だったりするのだろうか?しかし、口を塞がれていてはそれを問い質すことも敵わない。
そして女も、佳澄となんらかの問答をする気はまったくないようだった。ただただ独り言のように呟きながら、ゆっくりと佳澄の腹を人差し指でなぞる。丁度、子宮の上辺りを。
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