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瓶ラムネと黒い月.5
「猿だな、もう」
「走るのは負けても、パワー系は譲らないもんね」
よーいどん、で登ったクライミングウォールだが、視力のハンデはあるにせよ圧倒的な筋肉量の違い。
さっさと登り終え、得意げ気な笑みを降らせる真直に、出っ張りに手をかけた地央が唇を尖らせた。
「まあ、身長差あるし?」
「うるせーよ」
天辺に手の届く一歩前、差し伸べられる手を邪険に払いのければ反動で足が滑り、砂場に落ちそうになるのをなんとか堪える。
と、今度は楽しそうな笑い声が降ってきた。
「下で支えた方がいい?」
「黙れ」
「っとに、可愛いよね、地央さん」
「っよいっしょ」
負けず嫌いの地央が不機嫌丸だしで登り終え、真直から少し離れた場所に仏頂面で腰を下ろすのを目を細めてみていた真直。
「あっち見て、地央さん」
地央の方へ少し身を乗り出し、木々の切り開けた方向を指し示した。
そのとたん、地央の首が少し傾き、そして、きつく結ばれていた唇がかすかに緩んだ。
「見える?」
「ん。キラキラは、わかる」
視力の圧倒的な低下で遠くの景色をハッキリ判別することはできない地央だったが、太陽の光を跳ねさせる波の輝きを少しでも取り込もうと目を眇める姿に、真直の胸が愛しさでいっぱいになる。
「きれいだな」
だから、海を見つめる地央の感嘆の声に、思わず真直も声を漏らした。
「うん。……すげ、キレー」
その、あんまりにもダイレクトに耳に届く声に地央が真直を振り返れば、景色を見ているのであれば絡むはずのない視線が絡まって、そして、優しく細められた目に、地央は慌てて顔を背けた。
「キラキラは……綺麗、だよ、うん。なぁ」
動揺を取り繕うような地央の声に、真直は地央に視線を向けたまま言葉を繋ぐ。
「綺麗だし、可愛いし、ひねくれてるし、意地悪だし。……俺、すげえ好きだよ、ち……」
「あーあーあーあー!! あれっ!! あの、滑り台っ!!! ローラー!! 俺、やる、あれ!!」
地央は真直の言葉に被せるように声を上げると、せっかく登ったばかりのクライミングウォールを下り始めた。
あ。逃げた。
つか、どんなカタコト?
しかも、耳、赤いし。
こないだ、あんな熱烈なキスをくれたのになぁ。
なんだかなぁ。
マジで可愛いわぁ。
ポケット入れて、持ち歩きたいくらい。
いや、ほんとはまあ、アンナコトやコンナコトがしたいに決まってるんだけど。
なんとなく真直の脳裏に地央の一寸法師的な姿が浮かび、そうして入れたポケットの中。とりあえず針で突いてくるだろうという妙な確信に、苦笑がもれた。
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