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追い詰められる日々
* * *
慣れない育児は、動揺と恐慌の連続だ。
まだ首がすわらず、時間を問わず大声で泣く秋日虎に、巽は心底疲れてしまっていた。育児ノイローゼの手前まで行き、毎日泣いたり眠れずに過ごしている。
あるときなどは夜中に大泣きする秋日虎を前に、思わず叩こうと手を振りあげ、我に返ったことがあった。
――これ以上はダメ、おれ、秋日虎に手をあげちゃう……!
自分自身に恐怖し、それがさらに恐慌の原因になる。負のループだ。秋日虎がおれに嫌がらせしてるんだ、と思い込むほど、巽は追い詰められていた。
南條は育児休業を申請した。内縁の夫でも育休は取れると知ったからだ。
「恋人だって君は思ってると思うけど、もういっそ夫ってことにしていいか?」
育児に疲れ果てた後、うたた寝から覚めたいつもの夜に南條からそんな話を聞き、巽はろくろく頭が回らないままうなずいた。
実は、プロポーズらしき言葉だったとは知る由もない。
南條は無事に育児休暇を取得。おむつ替えに、あやすのに、寝かしつけに、二人とも大わらわである。
ミルクを飲ませるのも共同作業だ。
巽も少しは母乳が出る。ただ、オメガとはいえ男性なので、口を湿らす程度だ。それでも赤ちゃんに免疫をつけるために、お腹が空いたと秋日虎が泣けば母乳は与えるようにしていた。
巽がぐずる息子を必死にあやしながら少ないお乳を与えている間に、南條は大急ぎでミルクの準備。煮沸した哺乳瓶を用意したり、粉ミルクをきちんと量って入れたり、適温まで冷ましたりと、忙しい。
哺乳瓶を咥えさせると、秋日虎は大人しく飲む。大人しいのは一瞬だが、巽も南條もほっとして顔を見あわせて笑ったりする。そんな時間が巽は好きだ。
それでも気持ちが揺れる日などは、「これからもっともっと双遇様に似てくるのかな」と不安に思うこともある。
――先生との間に、赤ちゃんが欲しいな。
秋日虎がミルクを飲む姿を黙って見守ってくれる南條の姿に、巽はそんなことを思う。先生に似た赤ちゃんが欲しい、と。だが、それがむりだということもわかっている。
――ううん。赤ちゃんができなくて、それでいいんだ。もし先生の赤ちゃんを授かったら、おれはえこひいきしてしまいそうだから。
そう思って、自分自身を慰めるのだ。
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