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――怖がって逃げ出すというのなら、手っ取り早くて助かるんだが。
そんな算段をおくびにも出さないまま、厳かに言い放つ。
「俺は弟子を取らない主義だが、おまえの頼みとあってはしかたがない。引き受けよう」
「おまえならそう言ってくれると思ってたぜ、アシュレイ!」
引き出した了承に、イーサンが歓声を上げた。大きな手でわしゃりと息子の頭を掻きまぜる。
「本当に恩に着る。よかったなぁ、テオバルド。こいつは、大天才なんだ。なにせ、ムンフォート大陸の五大魔法使いさまのひとりだからな」
「イーサン」
なんで、おまえが自慢げなんだ。本当に、いつも、いつも。そう呆れてやる代わりに、子どもを見下ろして冷笑する。
「なんだ、恐ろしいのか?」
それは、過去にアシュレイが何度も浴びた言葉だった。父親に頭を撫でられてもぽかんとしていた子どもが、はっとした顔で首を振る。
「いいえ。すごくきれいだなと思って。それで、目が離せませんでした」
「……」
「すみません。本日から、どうぞよろしくお願いいたします」
素直に頭を下げられたアシュレイは、ぎこちなく視線を動かした。怖がって帰ると言い出すに違いないと高を括っていたのに、完全に当てが外れてしまった。
くっくと肩を震わせる男に、唇の動きだけで「イーサン」と呼びかければ、同じく動きだけで「俺の息子だろう」と返してくる。試したことを見透かされたようで、どうにもバツが悪い。
軽く天を仰いで、子どもに視線を戻す。目が合った瞬間、その瞳がにこりとほほえんだ。媚も恐れもなにひとつとして含まない星の瞳。
はるか昔に見たものとよく似たそれに、内心でアシュレイは溜息を吐いた。
――やはり、血は争えないな。
かつて自分が愛し、命をかけた、たったひとり。これはその男の息子なのだと認めざるを得なかったのだ。
「アシュレイ・アトウッドだ。たった今からおまえの師となった。学院に入学する十五の年まで、責任を持って育てよう。テオバルド。おまえもしっかりと励むように」
その言葉に、はい、とテオバルドが頷く。
「はい、師匠。精いっぱいがんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
期待に満ちた幼い顔が木漏れ日を受けて、きらきらと輝く。まるで、本物の星のように。その眩しさに、どうしようもなくアシュレイは苦笑った。
今から十五年前の、春の話である。
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