第3話「うりゅにかかればこんなもんよ」

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 砂野から話を聞いた後、牟児津と葛飾は中庭で動画を見ていた。広報委員会が制作している、蒼海ノアを起用した学園の紹介動画である。広報委員室で観たときは動画の内容ばかりに気を取られていたが、そのコメント欄やその他SNSでの評判等を調べてみると、おおむね砂野から聞いたとおりのことが書かれていた。  「こりゃひどい。言いたい放題だな」  「いくらバーチャルだからって……あまりに下品です。読んでられません」  「無理して読まなくてもいいよ。だいたい事情が分かったから」  動画のコメント欄は好意的なコメントが多くを占めていた。おそらくネガティブなものや過激なコメントは、システムや広報委員会によって検閲されているのだろう。しかしそれらの手が及ばない外部SNSでは、動画の内容はおろか蒼海ノア自身についても散々な言われようだった。  学園のPRにVストリーマーを起用すること自体に不快感を示すものから、蒼海ノアの容姿や性格についての罵詈雑言、要領を得ない主観的な評価に、声優担当や広報委員に向けた品性を疑う下劣な発言まで、様々だった。真面目にひとつひとつのコメントを読んでしまった葛飾は、真面目にひとつひとつのコメントに憤慨し、その内容に当てられて具合が悪くなってしまった。  「動画を見る限り、こんなことを言われる筋合いなんてないじゃないですか。これじゃあんまりです。言ってはなんですけど、ノアさんが嫌になって降板したくなってもおかしくないですよ」  「うん……っていうか私が代わりにやるのもヤなんだけど……」  「あっ、ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」  「いいよ。やんないから。絶対正体を突き止める……でも、それだけじゃ解決しないよねこれ」  「まあ……でも、こういうのって私たちがどうにかできる問題でもないですよ」  「んぐう」  最も激しく誹謗中傷が飛び交っていた時期はすでに過ぎているようだが、それでも今日この日にも新たな中傷コメントは密やかに増えている。結局のところ蒼海ノアはただの的に過ぎず、中傷の文面からは伊之泉杜学園に対する妬みや僻みを感じる。本質はそこなのだ。大きな学園であるが故に、伊之泉杜学園は常にそういった批判の矢面に立たされることも少なくない。だからこそ広報委員会は蒼海ノアを使ったPRでイメージアップを図ったのだが、それが裏目に出てしまっている。  「……でもさ。ちょいちょい出て来てるこれって、砂野さんが言ってたことだよね」  「ええ、たぶん」  多くの投稿は中身のない文字の羅列に見える。しかしいくつかの投稿の中に共通している、“ヤラセ起用”という言葉が、牟児津には引っかかった。  「だいたい何のことかは分かるけど、詳しいことがどこにも書いてないなあ。みんな雰囲気で言ってんじゃないの」  「そうかも知れないですけど……でも、待ってください。もしこれが砂野さんのおっしゃってた起用の条件だとして、それが外部に漏れてるのってどういうことでしょう」  「誰かがその話を外でしたってことだよね……ううん、この手の情報収集が得意なやつを一人知ってるけど……あんまり手を借りたくないんだよなあ」  牟児津の頭に、いつも自分に付きまとう番記者の顔が浮かんだ。一言助けを求めれば、求めた以上の手掛かりを持って駆けつけてくるだろう。その点については信用できる。しかし対価としてまた自分が無理やり目立たせられてしまうのである。蒼海ノアと絡んでの喧伝などされれば、ますます平穏な生活が脅かされてしまう。  牟児津はぶんぶんと頭を振って、浮かんだ顔をかき消した。  「ちょっと自分で調べてみるか。えっと……や、ら、せ、き、よ、うっと」  このくらいの調べ物は自分でやった方がいい。そう考えて、牟児津はスマートフォンでヤラセ起用について検索した。簡単に検索しただけでも、事件の概要や反響についてまとめたページがヒットした。思いの外、あっさり情報が手に入った。  「あれ。こんな簡単なことなの」  「今の時代、スマホがあればなんでも調べられますからね。便利ですけど、それすらやりたくない人たちもいるんですよ」  「持ち腐れてんな〜。まあいいやそんなの。えっと、ヤラセ起用とは……」  解説ページの内容に沿って、二人は少しずつヤラセ起用とその反響についてを知った。どうやらヤラセ起用の炎上は、蒼海ノアのオーディションに参加したというある生徒が、オーディションで渡された起用条件リストの写真をアップした投稿に端を発するらしい。参加前に条件の存在は一切知らされず、またその内容が非常に厳しいことで、オーディション自体が形式的なものではないかと疑う投稿である。生徒の自主性を重んじる伊之泉杜学園において、それを踏みにじるようなオーディションの在り方には当然批判が集中し、さらにそれが蒼海ノアにも飛び火したそうだ。  「でもこれ、情報源が分からないですよ。普通こういうのって、出典なり原因の投稿のリンクなりを付けるものじゃないですか?」  「そうなの?あんま知らないけど……あっ」  葛飾の疑問に対する答えは、すぐに見つかった。そのページの最後の部分、ソース情報がリストアップされたところに注釈が付けてある。その注釈には、はっきり書かれていた。  ──発端となった投稿は伊之泉杜学園生専用サイトに投稿されているため、リンクを貼ることはできませんでした──
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