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旗日に抱えられたまま黒いカーテンをくぐった先は、およそ高校の中とは思えない部屋だった。
「さあムジツちゃん!紹介するわ!ここが学園の顔!伊之泉杜学園高等部広報委員会よ!」
部屋の中央にはいくつもの事務机が並んでいた。大型モニターや大量の本、ファイル、片付けられていないゴミ類が机の上を埋め尽くしている。壁沿いには事務戸棚が並び、他にはインテリアとして大きなのっぽの古時計と、同じくのっぽの観葉植物が置かれている。空気清浄機が大きな音を立てて稼働しているにもかかわらず、部屋の中に滞留して淀んだ人熱れとパソコンの放射熱によって温められた嫌な臭いが消しきれていない。
しかしこの部屋で最も目を引くのは、部屋の奥にあるひときわ上等な事務机と革張りの椅子──おそらく委員長席だろう──、その横に立つスタンドパネルだ。全体的に青っぽい色調にまとめられたCGキャラクターが描かれており、全身を大きく使った独特のポーズをしていた。明らかにこの空間から浮いていて、その異質さが薄気味悪い。
居並ぶ面々は誰も彼もパソコンの画面を食い入るように見つめ、青白い肌をしていたり目元に大きなくまを作ったりしていて、いかにも不健康そうだった。ここでは、極端に陽気な旗日の方が異分子だった。
「ハァイEveryone(みんな)!ムジツちゃんが来てくれたわ!これでもう大丈夫よ!」
びっくりするほど無反応だった。場違いに明るい旗日の声が、誰にも届かずむなしく響いた。それでも旗日は満足げだ。
「あはっ!みんな歓迎してくれてるわ!」
「なにがどう見えてんだあんたは!恥かかすなよ!」
「Don't be shy!恥ずかしがることなんてないわ。きっとこれから楽しいことがたくさん待ってるんだから!ムジツちゃんにはワクワクする気持ちだけあればいいの!」
「はあ……?」
「ほら、そこのあなたも隠れてないで出てきなさい!Come out(出てらっしゃい)!」
「へっ?ひゃあああっ!?」
「えっ!?こまりちゃん!?」
旗日は牟児津を抱えたまま、脚で黒カーテンをまくり上げた。きれいな上段蹴りの軌道の下で、突然のことに瞬きすらできなかった葛飾が悲鳴を上げる。その姿に最も驚いたのは牟児津だった。
「な、な、なんで……!?わ、わかっ……!」
「あら、トシヨのところの子ね!ふむふむ……あはっ!あなたもちょっとカワイイわね!」
「なんでこまりちゃんがいんの?」
「ま、真白さんが連れてかれた理由を確かめなくちゃと思って、こっそり潜り込んだんです……。あの、今どういう状況ですか?」
「いや私も分かんないんだよ……何にも説明されてないし」
「これから説明するわ!ちょうどいいからあなた──コマリちゃんね?コマリちゃんもこっちに来なさい!ユーリ!おもてなしして!」
「はあ……はいはい」
ハッスルしている旗日とは対照的に、牟児津も葛飾も状況が呑み込めず困惑している。そして広報委員は全員がゾンビのような顔色だ。不気味なほどの温度差である。唯一名前を呼ばれた生徒だけは、若干の疲れを見せつつも席を立ってキビキビと動き始めた。
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