天狗先生

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あれから一週間、例の天狗のような誰かを見かけることはなかった。 私は荷解きの他、必要なものを買いに隣町のショッピングモールや電気屋さんに行ったり、近所への挨拶に行ったり。 慣れない町とやることに追われて、気づいたら登校日となっていた。 このあたりは子どもが少ないため、そもそも学校の数自体が少なく、同じ中学校のメンバーがそのまま高校にあがってくるらしい。 転校というわけではないが、ある程度グループができている中に入らないといけない。 緊張するけど、最初が肝心。 私の教室は1-3組。 ドアを持つ手がわずかに震えるが、いつまでも立ち止まっているわけにも行かず意を決して扉を開ける。 いや開けようとしたら、目の前で勝手に開いた。 すぐ目の前には真っ赤なお面。 高い鼻がおでこにささりそうなくらいの場所にあった。 「ひぃあっ」 「ぎゃあああああああ」 悲鳴をあげそうになったが、同時に聞こえてきた断末魔の叫び声のような大声にびっくりして飲み込んでしまった。 その声の主は、今まさに目の前で尻もちをついて倒れていた。 赤い鼻高のお面をかぶって背中には黒い羽がある、例の天狗だった。 教室内から笑い声が聞こえてきた。 「先生大袈裟だよ~」 「女の子困ってんじゃん」 「声でかすぎ」 え、先生…? 目の前で倒れている人物をまじまじと見てしまった。 とりあえず目の前でこけてるし、起こそうと思って手を差し伸べた。 「…、あ、えっとすみません。大丈夫ですか?」 ら、避けられた。 「だ、大丈夫」 彼は私の差し出した手を避けて、床に倒れたままずりずりと後ずさった。 いや普通に傷つくし、初対面でちょっと失礼じゃないか。 とは思うものの、もう高校生。 ここでキレたりするほど子どもじゃない。 「すみません。驚かせてしまって。 怪我なかったですか?」 改めてまじまじと顔をみた。 お面に隠された表情はわからないが、穴の奥からは真っ黒な目がこちらを向いているのはわかった。 彼はお尻についたホコリを払いながら、ゆっくり立ち上がった。 「ああ、うん。 このクラスの担任の若葉だ。 お名前は?」 「…雪見です」 「ああ、引っ越してきた雪見さんか。 よろしく」 そう言って私を教室に招き入れてくれた。 あの後授業の説明やプリントくばられたり、校長先生の話を聞いたりした。 学校の説明をしたり、生徒を誘導しているのはもちろんあの天狗で。 周りのみんなは当たり前にそれを見ていて。 たまにドジをする天狗先生を見て笑ったりして。 先生は一体何者なのか、なぜみんな普通にしているのか。 疑問が次々浮かんでいて、全く集中できなかった。 雑務が一段落ついた頃、となりの席に座っている女の子に声をかけた。 「あの先生…若葉先生はその、天狗なの?」 「そうだよ。天狗見たの初めて?」 お下げ髪の女の子、溝口さんは不思議そうな顔をして聞いてくる。 「う、うん。初めて、というか。 こっち引っ越してきた日に見たんだけど、あの先生だったのかも」 「そうなんだ! 若葉先生はちょっと抜けてるところあるけど、生徒思いでとってもいい先生だよ。 この前までは中学で担当持ってたんだけど、今年からは高校って聞いて。 まさかまた担任になるとは思わなかったけど」 そういって溝口さんは笑った。
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