天狗先生

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天狗先生

『天狗』 鼻高で赤ら顔で、翼があって自由自在に飛び回ることができると言われる妖怪のこと。 私が初めて『天狗』に会ったのは高校入学の一週間ほど前のことだった。 私は3つ下の弟と両親の四人家族で、中学卒業までは都会に暮らしていた。 今回両親の仕事の都合で、遠く離れた田舎に引っ越すことになった。 友達と離れるのはいやだったし、都会の空気が好きだった私は残りたいと言った。 だけどまだ高校生、ましてや女の子の一人暮らしで許可してもらえるはずもなく、家族と一緒に越してきた。 田んぼはたくさんあるけど、コンビニは駅前にしかない。 買い物は隣の市まで車を走らせれて、ようやくショッピングモールがあった。 今までの生活からは考えられないような場所だった。 新しい家は、古い木造の一軒家。 弟は中学生、私は高校生になるということで、それぞれ部屋をもらえた。 2階の自室の東側の窓からは、この時間帯は日は入らず、やや薄暗い。 荷解きの手を止めて窓の外を見やると、家の前の道路を歩く人影が見えた。 背は低めで紺色のスーツを着て、鼻の高い赤いお面を身に着け、背中には大きな黒い羽… 「…は、羽!?」 思わずガン見してしまった。 あれはなんなんだ。 急いで隣の部屋で荷解きしている弟を呼びに行った。 「ようちゃん!あれ見て!」 「なんだよ、ねぇちゃん。まだ全然片付いてないんだけど」 弟が来て窓の外をのぞいた。 「あ、天狗じゃん」 弟の口から聞き慣れない言葉が飛び出してきて、頭が混乱する。 「ん、え、天狗?あれ天狗?」 「どう見ても天狗じゃん。 姉ちゃん聞いてなかったの? ここ天狗が住む村って言ってたじゃん」 当たり前のように言ってくる弟に開いた口が塞がらない。 天狗だと。 そんなの空想の中の話じゃないか。 そんな会話をしていると、いつの間にか例の天狗がこちらを見上げていた。 パチリと視線が合った(お面なので気のせいかもしれないが)と思うと、ふいと逸らされどこかへ歩き出してしまう。 「引っ越し早々に天狗に会えるなんてラッキーだな」 弟はたいして驚いた様子もなく、純粋に天狗に会えたことが嬉しいようだった。 いや、天狗なんか空想の中の話だよ。 中学生にもなって何言ってるの。 「いやいやいや、どう見たってただの不審者でしょう」 弟は純粋すぎるのかもしれない。 ここはお姉ちゃんが正してあげなきゃ。 「いやお姉ちゃんの目、おかしいんじゃないの」 弟の私を見る目が冷ややかに感じたのは気のせいだと信じてる。 もはや目じゃなくて、私の頭がおかしくなってしまったのかもしれない。 引っ越しできっと疲れたんだ。 天狗の話題に飽きたのか、弟は部屋へ戻ろうとして足元のダンボールに躓いた。 「うわ、お姉ちゃんの荷物ぐっちゃぐちゃじゃん。早く片付けなよ」 それだけ言い捨てて弟は部屋に戻っていった。 それが私と『天狗』との初めての出会いだった。
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