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0.プロローグ
自分の中にあるSub性が大嫌いだった。
はっ、と荒い息がこぼれる。自分の心臓の音がうるさい。ぺたんとフローリングに座り込んだ状態で、秋原篤生はただただDomを見上げていた。目を逸らすことができなかったからだ。
なんで、こんなことをしているのだろう、と思う。八年ぶりにたまたま再会しただけの、四つも年下の幼馴染みと。
――いや、違う。するって言ったのは、俺だ。
そうだ。準平がSubとプレイをすることが怖いと言うから。Switchである自分なら助けになれるかもしれないと思って、それで――。
「篤生くん」
今まで会った中で一番強いDomの声に、意識しないまま、吐息がまたこぼれた。鼻にかかった、甘い声。
「こっち『見て』」
「……っ、見て、る」
絞り出した答えに、「本当?」と準平が切れ長の目を細める。記憶の中にある弟のような幼馴染みとはまったく違う雰囲気に、ぞくりとしてしまった。
大学に通うかたわらモデルをしていると聞いても納得してしまう、きれいな顔。
――なんか、準じゃないみたいだ。
困惑しながらも、どうにかこくりと頷く。その篤生を静かに見下ろしていた準平が、ふっとほほえんだ。
「ねぇ、今、篤生くんにコマンド出してるの、誰? 『教えて』」
「あ……」
褒めてほしくて、必死に声を絞り出す。
「っ、…準、平。準」
「うん」
そうだね、と頷いた準平の手のひらが頬に触れた。撫でられたくて、頬を擦りつける。
半ば無意識だった行動に、準平が苦笑った気配がした。かたちのいい指先が輪郭を辿るようになぞる。じわりと心が温かくなって、そっと準平を見上げた。目が合う。
「俺だからね」
見下ろしてくる瞳が、篤生くんの大好きな兄貴じゃないからね、と言っているように思えた瞬間。温まっていたはずの心臓が、掴まれたように痛んだ気がした。
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