9.認めたくないもの

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 ――いいよ。一夏だったら、Domじゃなくても。  幸せそうな、蕩けた声。篤生がそんな声を出すなんて、そのときまで準平は知らなかった。篤生も、自分が聞いていたなんて知らなかっただろう。  けれど、兄は知っていたはずだ。  帰宅した自分が、ちょうど廊下にいたことも。リビングの扉がわずかに開いていたことも。そうでなければ、あんなふうに唐突に話を変えはしないはずだ。それに――。  浮かんだ残像に、ちり、と胃が熱くなる。優位を示すようにほほえんだ兄の瞳と目が合った瞬間、今まで感じたことのなかった激情が疼いたことを、準平は覚えている。  俺はDomなのに、兄貴はNormalなのに、なんで。なんで。  そんな、みっともない感情。絶対にぶつけては駄目だと思って、だから、大好きだった幼馴染みと距離を取ろうとした。あの当時、篤生のことをSubだと思い込んでいたから、余計に。  自分の激情をぶつけるわけにはいかないと思っていた。思っていた、つもりだった。  ――そんなに、兄貴がいいの?  そう問いかける自分の声は、くだらない嫉妬にまみれていた。馬鹿なことをしているとわかっていて、けれど、どうしても衝動を抑えることができなかったのだ。  いったい、なんのタイミングだったのか、そのとき、兄は家にいなかった。いるのは自分と幼馴染みだけで、そうして、自分はどうしようもなく苛立っていた。
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