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飲み切った紅茶のカップを置いて、笑顔を張りつける。
「ありがと」
「……もう、帰る?」
こちらを気遣っていることが透けて見えるそれに、うん、と準平は頷いた。自分が話したかったこと、聞きたかったこと、どちらも半分もできていない気はしたが、最低限の及第点には、たぶん達している。
――篤生くんにとっては、自発的に俺が病院に行くっていうのは、わかりやすい到達点だと思うし。
そう示したことで、少しでも彼がほっとしてくれたら、と思う。それに、あの日のことを、当たり障りのないレベルだったとしても、話して共有することができたことは、よかったと思う。
――でも、病院のほうは、もっと喜んでくれると思ったんだけどな。
再会した当初、病院に行ったほうがいい、と。折に触れ口を酸っぱくして言っていたのは、篤生のほうだ。それに、そうなれば、彼の肩の荷も下りるのではないかと準平は考えていた。
けれど、篤生の反応は、予想とは違っていた。
――ほっとしてるっていうより、なんか、寂しそうっていうか。
それも、自分に都合の良い解釈かもしれないけれど。帰り支度を整えながら、準平はちらりと篤生を窺った。
「なに?」
「あ、……いや」
ばちりと目が合ってしまって、慌てて笑みを取り繕う。なんでもない、と気の利かないことを言った準平を問い質すこともなく、それならいいけど、と篤生がほほえんだ。再会してからよく見る、大人の顔。
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