0.プロローグ

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 ホームに到着していた電車に滑り込んだ篤生は、座席に腰を下ろして小さく息を吐いた。平日の終電に近い時間帯ということもあって、乗客はそう多くない。  ――近藤さん、けっこうしんどそうだったな。  残業の原因となった電話対応を思い返しつつ、明日のスケジュールを篤生は脳内で組み直した。  大丈夫と言っていたけれど、明日の午前中に顔を見に行ったほうがきっといい。必要であれば、病院の予約もその場で取ってしまおう。  やっぱり、Subは大変だ。やるせなさを抱えたまま、内心で篤生は呟いた。    この世界に存在する人間の約半数が、男と女という性のほかにもうひとつのダイナミクスを持っている。DomとSub、そして希少性のSwitch。  欲求やダイナミクスのレベルに個人差はあれど、DomはSubを支配したいという欲求を、SubはDomに支配されたいという欲求を持っていて、それをうまく満たさないと心身に不調を及ぼしてしまうのだ。    そういったダイナミクスに関した悩みを持つ区民の相談窓口、区役所健康福祉部ダイナミクス担当課が篤生の職場である。  大学を出て区役所に入って、四年。専門福祉士の資格を持つ篤生は、生きづらさを抱えるDomやSubと関わり続けている。  ――相談に乗ること自体は天職と思ってるから、ぜんぜんいいんだけど。でも、この時間が続くと、さすがにちょっときついな。  今日はどうにか終電のひとつ前に乗ることができたけれど、明日も朝から通常業務だ。この調子でいくと、今月も残業時間が多いと叱られかねない。  大丈夫かな、という囁きが耳に飛び込んできたのは、そんなことを考えていたときだった。
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